こんにちは🚣
関西学院大学法学部4回生の鴻巣瑶介です。



関学ボート部に関わるすべての皆様、これまで温かいご指導とご声援をいただき、本当にありがとうございました。

ラストブログでは書きたいことがたくさんあります。最後まで読んでくださったら嬉しいです。








【COXとしての葛藤と本音】

正直に言えば、「COXではなく、漕手がしたかった」。COXになってから引退するまで、ずっとこの思いが頭から離れませんでした。
もともとCOXへの転向は、ヘルニアを患ったことがきっかけでした。 サッカーを10年、バスケットボールを3年続け、常に自分自身がプレイヤーとしてグラウンドやコートに立ってきた自分にとって、漕手を諦めざるを得ない状況は受け入れがたいものでした。
サッカーでは「全国大会出場」、バスケでは「経験者を抜いてスタメンを掴む」という明確な目標があり、自分が努力した分だけ結果に直結する世界にいたからです。

しかし、大学で担うことになったCOXという役割において、自分は最後まで明確な目標を見出すことができませんでした。
「自分が頑張れば勝てる」わけではない構造、どこか他力本願に思えてしまう歯がゆさが、プレイヤー出身の自分には本当に苦しかったです。
「ボートを一番理解しなければならない」というCOXの宿命にも、心の底ではずっと葛藤がありました。漕がないのに真の感覚がわかるはずもない。頭で理解できても体現はできず、アドバイスにもどこか説得力を感じきれない。「漕がない自分が、なぜ理解しなければならないのか」とモヤモヤを抱え続ける日々でした。
その葛藤を一番強く感じていたのが、冬季練習のエルゴです。 目の前で漕手たちが死ぬ気で追い込んでいる時、「なぜ自分はその輪に入れていないのか」と強い悔しさを覚えていました。
それなら、エルゴをしたらいいじゃないかと思われるかもしれませんが、理由もなくただ苦しいことをしたい人なんていません。明確な目標に向かって全員で切磋琢磨し、限界までやり切った後に互いを讃え合う。自分が本当にしたかったのは、こういうものでした。
自分はきっと、COXに向いていなかったのだと思います。 


では、なぜ COXを続けたのか。理由は2つあります。

1つ目は、「一度決めたことを途中で辞めるのが嫌いだから」です。自分はどんなことでも最後までやり切りたい人間です。途中で投げ出すことだけは、どうしても自分自身が許せませんでした。

2つ目は、「関学ボート部にCOXが少なかったから」です。もしCOXがたくさんいて、自分が抜けてもチームに迷惑がかからない状況であれば、正直に「漕手がしたい」と伝えていたかもしれません。しかし、自分が辞めればチームが成り立たなくなる。そう分かっていたからこそ、自分の感情以上にチームを優先しました。


このまま漕手をせずに引退するのは絶対後悔すると思い、ラスト2ヶ月のところで漕手に転向しました。部員の皆には、自分のわがままに付き合ってくれたことに感謝しかありません。
納得のいく形で引退をさせてくださり、本当にありがとうございました。














[幹部としての2年間】

自分は2年間、幹部を務めました。最初に幹部になった2年前は、「こんなところまでチームのことを考えないといけないのか」と、その責任の重さに圧倒されたのを覚えています。自分が主務になる可能性もあったため、正直「自分たちの代になったら、これを自分が仕切らないといけないのか…」とビクビクしていました。

特に昨年の副務時代は、予想以上にしんどい日々でした。 入部した時、指導してくださる先輩COXはあと半年で引退というタイミングで、実際に関われたのはわずか2ヶ月ほど。右も左も分からないまま先輩方がいなくなり、知識も経験も浅い状態のまま幹部になり、「COXリーダー」と呼ばれることになりました。
エルゴの記録管理で怒られ、備品の扱いで怒られ、COXのことは「鴻巣」と指名されることがすごくしんどかったです。分からないことだらけの中で怒られ続ける日々は、精神的にきつかったです。だからこそ、主務にならないと決まった瞬間は、少しほっとしたのが本音です。

それでも幹部決めの中で「やっぱり自分も幹部に入ってチームを支えよう」と腹を括り、もう1年頑張る決意をしました。
そんな自分を踏み留まらせ、奮い立たせてくれたのは、先輩や監督からの言葉でした。
ケムさんが引退される時、「次の幹部はよーすけにかかってる」と声をかけていただきました。その瞬間、涙が止まりませんでした。これまで頼りにしていた先輩がいなくなる寂しさと不安、そして「自分がやらなきゃいけないんだ」という強い覚悟が込み上げてきた涙でした。



また、インカレ後のOB会が終わるタイミングで監督さんからもお言葉をいただきました。少し酔っ払っていらっしゃったかもしれませんが
「次年度の幹部は鴻巣しか信用してない」と言ってくださったのです。それまで怒られてばかりだった分、驚きと同時に、自分がやってきたことや姿勢が認められた気がして本当に救われました。監督さん、覚えていらっしゃらないかもしれませんが、あの時のお言葉、心から嬉しかったです。ありがとうございました。

そうやって始まった、自分たちの代の1年間。 引退を迎えた今、真っ先に出てくる本音は「やっと終わった…」という感情です。
具体的に何が一番しんどかったのかと言われると、自分でもよく分かりません。 自分は副務だったので、何か特別な目立つ仕事があるわけではありませんでした。他の幹部をサポートすることが自分に求められていた役割だったと思います。 だからこそ常に周りに気を配る必要があって、その目に見えない緊張感やプレッシャーがずっとしんどかったのだと思います。自分がどれだけサポートできていたかは分からないし、逆に苦労をかけてしまった部分も多かったかもしれません。でも、これだけは絶対に言えます。幹部のみんな、本当にお疲れ様でした。
くにちゃん、かんた、しまんちゅ、葉ちゃん、まあやちゃん。 みんな、本当によく頑張ったと思います。大人数の部活で、時には部員から幹部に対して批判や不満の声が出ることも多く、精神的にきつくて、みんな一回は泣いたんじゃ無いかなと思います。
でも、自分はみんながどれだけ悩みながらチームのために動いていたか、一番近くで見ていました。だから周りがどう言っていようと、自分はみんなに「本当によく頑張った、お疲れ様」と伝えたいです。
上手くいかない日々だったけれど、最後まで一緒に走り抜けてくれてありがとう。このメンバーで幹部ができて良かったです。









【一番思い出深い大会】

ボート部生活の中で、一番思い出に残っている大会は2年前の全日新です。 自分にとって初めて尽くしの大会で、準備のプロセスから大会当日まで、すべての瞬間が今でも鮮明に残っています。全日新にCOXとして出ることが決まったのは7月上旬でした。当時は漕手として活躍するつもりで体を大きくしていた時期で、体重はMAXで70kg近くありました。しかし、COXの制限体重に合わせるため、大会までの約4ヶ月で55kgまで「15kgの減量」をしなければならなくなりました。
そこからはまさに地獄のような毎日でした。友達からのご飯の誘いも断り続け、大学でのお昼ご飯はサラダチキン1本、夜ご飯はお米5口で終わるような食事制限。途中でどうしても体重が落ちなくなる時期があり、試しに設けたチートデイで食べたミスタードーナツは、あまりの美味さに涙が出そうになりました。そこからは毎日のように「ミスド食べたい」が口癖になっていました(笑)。 温泉に入った時に立ちくらみで目の前が真っ白になり、自分の身体の限界を知れたいい機会でした。それでも折れずにやり抜き、最終的にジャスト55kgで大会を迎えることができました。

全国レベルの大きな大会に出るのは初めてで、「自分がチームに迷惑をかけたらどうしよう」とプレッシャーと緊張感がありました。1日目のレースが終わった瞬間、少し緊張の糸が切れたのか、21時には気絶するように寝ていたそうです。
そして結果は、男女ともに初入賞。 ライバルである同志社大学に競り勝ち、ゴール後にバウのこうしとハイタッチを交わしたあの瞬間は、自分のボート人生で一番のハイライトです。きっとあの写真は、自分にとってもこうしにとってもボート競技における「ベストショット」だと思います。



大会が終わった後、夜行バスが出るまでの時間、ずっと我慢していたマクド、スタバ、ミスドをこれでもかとお腹が痛くなるまで食べまくったのも良い思い出です。
あの最高の瞬間を一緒に乗ってくれた、かんた、こうし、れお、あきひろ。本当にありがとう。












【これからの目標】

ボート部は引退しますが、次の目標を立てました。
1つ目は、「フルマラソンに出場して、サブ4を達成すること」です。 
昔からよく走っている父親の背中を見て育ち、自分も大学1年生の時にフルマラソンに挑戦しました。しかし結果は5時間半。想像以上にしんどく、悔しい思いをしました。だからこそ、サブ4という大きな壁にリベンジしたいです。たまに神崎の3km地点からピンクの周りを走るので、その時はみんなが頑張っている姿を見させてください。

2つ目は、「体を大きくして、みんなをびっくりさせること」です。 ガリガリの鴻巣はここで卒業します。いっぱい食べて、いっぱい運動して、久しぶりに会った時にみんなを驚かせるくらいデカくなります!

3つ目は、「ずっとやりたかったダンスを始めること」です。 実は昔からダンスがすごく好きで、中学生の頃からずっとやってみたいと思っていました。学生の間は出来なかったので、社会人になったら絶対に挑戦します。












【同期へ】


最後に同期にメッセージを書きます。途中から入部した自分を温かく受け入れてくれて、仲良くしてくれて、本当にありがとう。みんなと過ごした毎日は、とにかく最高に楽しかったです。エッセンを食べながら旅行の計画を立てて盛り上がったことや、就活で精神的にしんどかった時期、「半年先の予定を決めて、楽しみなことを考えよ」って笑い合いながら乗り越えたこと。どれも自分にとってかけがえのない宝物です。

この代は繋がりが強い学年だと思っています。これから先、社会に出て悩んだり辛いことがあったりした時も、みんなで集まって支え合っていこう。

言葉では言い尽くせないくらい、感謝の気持ちでいっぱいです。みんな、本当にありがとう!









【最後に】


ボート部に入って、最高の仲間と出会えて、本当に良かったです。 関学ボート部で過ごした日々、たくさんの経験は、自分の財産です。

これまで関わってくださったすべての方々に、心から感謝申し上げます。 本当にありがとうございました!