1に根性
2に根性
テクはなくても
5に礼儀
 



銀蝿を好きになった頃、すでに弟分として嶋大輔や紅麗威甦がデビューしていた。
大輔はデビュー曲「SEXY気分の夜だから」の時は知らなかったが、
「男の勲章」の大ヒットや「茜さんのお弁当」などで見るようになり、
紅麗威甦は友達から「On the machine/桃子の唄」の両A面のシングルレコードを
借りて聞いたのが最初だったと思う。
 
特にポップな曲調の「桃子の唄」 が気に入って、何十回も聞いた。
桃太郎とLeerのボーカルも良くて、かなり紅麗威甦が好きになっていった。


その後、シングルの「時代を越えて」などが学校で流行っていたり、
「茜さんのお弁当」の哲太もかっこよくて、
銀蝿はもちろん、弟分、妹分を含めた銀蝿一家にハマるようになっていった。


「川崎探偵団」はいつ頃だったかな? 忘れてしまった。



大輔、紅麗威甦のあとにも、
矢吹薫、りささん、岩井小百合などがデビューし、
メディアにもたくさん出ていて、まさに銀蝿一家全盛期でしたね。


順番とか、もう忘れてしまいましたが、
いろいろとリリースされるたびに、楽しみにして聞いたり、
あとから「こんなの出てたんだ」って感じで聞いたり、
それぞれ思い出があります。



謎のファンKの【銀蝿一家】ブログ
ファンとしては銀蝿の各メンバーが好きなアーチストや楽曲なんかもとても気になりますよね、
リアルタイムで知らないものが多いし。

TAKUさんのe-setなんかもとても興味深い。
(イーセットというバンド名は矢沢永吉がキャロルの前に組んでいたバンドの名前)
TAKUさんが、「自分がDJだったら回したい」と思う曲をカバーしている。

翔さんもロックンロール一筋になる前は、フォークやディスコソングにハマっていたとのことだし、
嵐さんもフォークやってたとかね。

Johnnyも含めて、4人それぞれのメンバーが高いクオリティで曲を書けるのがすごいし、
銀蝿の楽曲、オリジナリティは、今聞いても本当に素晴らしい。
時代もありますけど、
(70~80年代のフォークやミューミュージックの人ってのも、やっぱり今より全然すごいと感じてしまうんだけど・・)
銀蝿もデビュー前とかにだいぶ曲とか出来てたと思うのですが、大学生とかでしょ、
20才そこそこであんな曲や歌詞を書けることが、ホントすごいです。
どうして、ああいうバンド、楽曲が出来たのか、
どんな流れがあったのか、など、とても興味があります。
 
銀蝿もベースはあったにしても、そこからさらに自分達で作り上げたオリジナリティは、
とても尊敬しますし、驚きますね。

洋楽ロックをそのまま借り物のようにやるよりも、
歌謡曲、歌謡ロックに作り替える方にクオリティを感じます、
今でも、hiphopなんかを歌謡曲っぽい感じでやっているアーチストもいて、
そういうのはとても好きなんですけどね。

俺はダウンタウンブギウギバンドもすごく好きなんだけど、
DTBWBと銀蝿、
銀蝿メンバーもかなりファンだったようなので、
いろいろとそんな所もたまに見えたりして、興味深い。

カバーもやっているし、
つなぎも同じように名前を書いて着ていたりしてたしね。
横浜・横須賀あたりの歌詞、セリフやボーカルスタイルなんかも。

キャロルやクールスっぽい50sな感じは、それほどうけなくて、
(50sぽい良さもありますけどね・・)
やっぱりDTBWBのようなポップ感や楽曲の良さ、幅広さが銀蝿にはあります。
そんなところが俺は好きなんですけどね。

「ぶっちぎりサード」なんかはDTBWBをリスペクトしているのをとても感じます。
アルバム全体のコンセプト的にも、DTBWBを受け継いだセンスみたいなのを感じるし、
「ビニ本ロックンロール」のエンディングが「カッコマン・ブギ」のエンディングと
同じにしてあったり、「翔んでるセブンティーン」などもDTBWBの世界観や
フレーズや歌い方など、とても良い感じで似ています。
とにかく、おもしろいよね。

昔、本かなにかで読んだけど、80年代のときには、嵐さんが宇崎さんを訪ねて行ったけど、
そのときはカバーを断られたとか・・?


実は「ぶっちぎり鹿馬」まだ聞いていないのです。
聞くのが楽しみなのですが、まだ買っていない・・
そろそろ買わなきゃ。

・・・つづく


ピュアアイ 

完全に銀蝿ファンになったきっかけは「ぶっちぎりサード」だった。


友達の家で「これ、おもしろいぜ」って感じで、ビニボンロックンロールや♀大好きロックンロール


などを聞かされ、好きになっていった。


「レコードジャケットなんて、全部“銀”なんだぜ」


「すげ~」


と、どんどんハマっていき、他のアルバムも聞きまくった。



そして、自分で最初に買ったのが「ぶっちぎり サントラ盤」


毎日、銀蝿を聞くようになった。


 


今もなんだけど、一番好きな曲はファーストアルバムの「Happy Birthday」


Aメロの「白い胸元に光るペンダント ほんの気持ちだけのプレゼント」


のところのメロディ、歌い方、声がかっこよくて、大好きなのです。


さらにBメロ「今日からは 薄いルージュでも つけたらいかが~」


がメロウでイイし、歌詞もイイ。


 


そんなわけで、


中3のときに好きだった、松田聖子似の子の15歳の誕生日には


プレゼントと一緒に、この曲を渡したりしたものです 笑



ちなみに、俺に銀蝿を聞かせてくれたその友達に


どの曲が一番好きなのか、と聞いたら


「ゆくさきゃ横浜」


だった。











まずは銀蝿のファンになる前、


「横須賀BABY」のときは知らなかった。


登校編の大ヒットでテレビでその存在を知りました。


すぐにファンになったわけではなかったけど、興味はもっていました。



以下、ミクシィで以前に書いたもののコピペですみません・・・



銀蝿との出会いはいつだったかな~とか考えてみたら・・
たぶん中1かな?
テレビ番組で登校編の歌詞を解説していたのを興味深く見たのが最初だと思う。
うろ覚えですが、「タイマンはりましょ赤テープ同士で」の赤テープは
学生カバンに赤テープを巻いている奴は、
「タイマンはります」とか「喧嘩買います」とかそんな意味なのだとか。
うちの方ではテープ巻いたりとかはなかったな~
他の色とかの意味もあったような?・・詳しい人教えて!

※○○さんに正解を教えていただきました!
赤テープ・・・ケンカ売ります
白テープ・・・ケンカ買います
青テープ・・・ケンカしません
バンドエイド・・・恋人います(女子?・取っ手ではなくカバンの横に貼る)
とのことです。

で、今ではファッションにはまったく興味のない俺ですが、
中学生~高校生まではファッションに凝っていました。
私服もへんな服ばかり着てたけど、
特に学生服には凝っていて、不良学生服マニアでした 笑

当時はなんであんな細かい所にこだわっていたのか 笑
隠しポケットとかワクワクしたね 笑 
スリータックとかだと、もはや番長。自分で縫ってスリータックにしてたからね~ 笑
カラーとかボタンの裏とかも全部付け替えた。
ベルトはヒョウの顔付のヒョウバン。死ぬ程気に入ってました 笑

ボンタン全盛期だったけど、銀蝿ファンの俺はどうしてもヨーランとドカンをキメたかった。
でも、地元にはいくら探しても学生ズボンのドカンが売ってなかった・・
地元で不良服を売ってた「アヤベ」「東京堂(ブラック1)」「マスコ」
にしょっちゅう行って探していたけど、どうしてもドカンがない。

で、ある時ついに見つけたのだ、その名も「エントツ」笑
名前はエントツだけど、意味的にはドカンと同じだから、これで妥協した 笑
すぐに取り寄せてもらって購入。

ヨーランもさすがになくてね、
ひとつだけ「長ラン」があったので、これも購入。
あの、カラー(詰襟)が少し高くなってるやつね 笑
龍とトラの刺繍がシブくて、弟に自慢して見せびらかしていた。

しかし、母親に怒られて中ランに取り変えに行かされたのでした・・笑
エントツは無事だったけどね。

 


※「試験編」くらいまでは、まだファンではなかった、テレビで見るくらい。


ただ、ラジオで流れた「試験編」をテープに録って


「やる気十分、勉強15分」の歌詞にやたらとウケて、


弟に何度も聞かせて、笑っていたのを覚えています。



そして、その頃は音楽もまだやっていなかったのですが、登校編とサビが同じなのに、


他のメロディや歌詞が少し違う試験編を聞いて、「すごい!」ととても感心しました。


このあたりから、かなり興味をもち始めたのです。



久しぶりに試験編聞いたけど、楽曲ももちろん素晴らしいけど、
翔さんのボーカル、すごいよね。
これだけ歌えるボーカルって、そうそういないと思うんだけど。

あの頃で言うと、フミヤが歌うまいとか言われるなら(実際うまいけど)
翔さんなんか、もっとうまいとかすごいとか、言われていいと思うんだけどね。

そーいえば、フミヤもユタカプロだったらしいけどね・・(詳しくは知りません)