熊野の歩きルート
【北海道知床からこれまでの歩行距離数】5,671km
【これまでの総歩行距離(海外+国内)】約17,250km
【前回到達地】和歌山県 高野町
【現在到達地】和歌山県 橋本市
【前回からの歩行日数】1日
【前回からの歩行距離】19km
私は四国徳島の出身ではあるが、未だ四国八十八ヶ所を歩いたことが無い。
歩き旅の途中でも気まぐれに東海道の一部を歩いてみたり、松尾芭蕉の歩いた道を一部なぞってみたり
はするものの、あらかじめ決まっているルートを歩くのが好きじゃないので例えば
「この街道をずっと歩いてみよう」
などと考えることはない。
あらかじめルートを決めてそれを優先すると、そのために犠牲にしなければならないものができる。
ルート通り歩くという事柄が、他のいろんな楽しみを犠牲にするほど大事だとは私には考えられない。
しかし熊野古道は元々興味があったがもちろんその全部を歩く気はなかった。
ただ歩いてみたい古道のほとんどはカートを押しては歩けない。
通しで歩くならカートを置いてバックパックだけで身軽になって歩くしかない。
で、そこまでやるつもりもなくカートを押して古道に近い道路を歩き、カートを預けられる拠点が
できれば古道を歩く、という風に進んできた。
熊野古道で実際の古道を歩いたのは、伊勢路の尾鷲から新宮までと、中辺路(なかへち)の
本宮大社から那智大社までの大雲取越、小雲取越、それに中辺路で一部舗装道路と一緒になっている
部分や大日越という短いルートだけである。
赤い線は伊勢から現在まで歩いてきたルートで、そのうち青い線が本来の熊野古道である山道を歩いた部分。
奈良方面に向かうにも、本宮から高野山までの小辺路(こへち)や、本宮から吉野山への修験道、
大峰奥駆道なども歩いてみたかったが、カートを押しては行くのは無理なので谷沿いの十津川街道
を通って途中から高野山に抜けた。
とても「熊野古道を歩いてきた」とは言えないが熊野の奥深さの一部はわかったような気がする。
これまで歩いてきたどことも違う独特のものを持った土地だ。
熊野はその地形と同じで、知れば知るほどさらにその奥があって、私達が知りえたことは表面に
出てきている一部に過ぎないのでは、とは思うがまあそれでも少し書いてみよう。
・・・次回から(歩き人の得意な言葉)
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【前回からの歩行距離】19km
私は四国徳島の出身ではあるが、未だ四国八十八ヶ所を歩いたことが無い。
歩き旅の途中でも気まぐれに東海道の一部を歩いてみたり、松尾芭蕉の歩いた道を一部なぞってみたり
はするものの、あらかじめ決まっているルートを歩くのが好きじゃないので例えば
「この街道をずっと歩いてみよう」
などと考えることはない。
あらかじめルートを決めてそれを優先すると、そのために犠牲にしなければならないものができる。
ルート通り歩くという事柄が、他のいろんな楽しみを犠牲にするほど大事だとは私には考えられない。
しかし熊野古道は元々興味があったがもちろんその全部を歩く気はなかった。
ただ歩いてみたい古道のほとんどはカートを押しては歩けない。
通しで歩くならカートを置いてバックパックだけで身軽になって歩くしかない。
で、そこまでやるつもりもなくカートを押して古道に近い道路を歩き、カートを預けられる拠点が
できれば古道を歩く、という風に進んできた。
熊野古道で実際の古道を歩いたのは、伊勢路の尾鷲から新宮までと、中辺路(なかへち)の
本宮大社から那智大社までの大雲取越、小雲取越、それに中辺路で一部舗装道路と一緒になっている
部分や大日越という短いルートだけである。
赤い線は伊勢から現在まで歩いてきたルートで、そのうち青い線が本来の熊野古道である山道を歩いた部分。
奈良方面に向かうにも、本宮から高野山までの小辺路(こへち)や、本宮から吉野山への修験道、
大峰奥駆道なども歩いてみたかったが、カートを押しては行くのは無理なので谷沿いの十津川街道
を通って途中から高野山に抜けた。
とても「熊野古道を歩いてきた」とは言えないが熊野の奥深さの一部はわかったような気がする。
これまで歩いてきたどことも違う独特のものを持った土地だ。
熊野はその地形と同じで、知れば知るほどさらにその奥があって、私達が知りえたことは表面に
出てきている一部に過ぎないのでは、とは思うがまあそれでも少し書いてみよう。
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