ぼくが一旦は日本を脱したことは ぼくにとっても歴史的大問題だと、少し前 問いを出した。結局、最初からぼくの態度は、ここの人々は はじめから問題にも相手にもならない、という確信に基づいていたから、そういう確信と態度が顕在化した、つまり周りも察知してそれを受け入れたのにほかならない。結果的にそう解することが、細かい具体的なことは飛ばして、いちばん整合性がある。そうぼくは現在、解するに到っている。ぼくはけっきょく、そういう、仲間を見いだしにくい人間なのだ。これはぼくの思い込みではなく、ぼくの根源から来ている。
そういうぼくを他がどうおもうかは、他じしんの問題であって、ぼくには関係の無いことである。他の内を晒しているだけのことである。
辻邦生さんはほかの日本人とは違う。フランスでは紹介無しでイザベル・ルオーさんの知遇を得た。ぼくに正しい根源があることは、この二つの証で充分ではないか。