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ツルゲーネフの「初恋」を読んだのはどのくらい前のことだったろう。すっかり忘れていたが、繙き直すと、感銘を受けた個所には濃く鉛筆で傍線を引いており、マーカーで色までつけているところもあるので、ああ、読んだのだな、と判る。ここでそれを引用してもよいが、自分のみのものにしておけばいいという素直な気持もある。いま読みかけの小説とともに一冊の本のなかに収められている。小説は、現実の自分の人生を小説ふうに観照(観想)する態度を得るために読むものではない。それは正しくない読み方だとおもう。ぼくは一度読みきった小説を読み返すということは、あまりない。読んでいる最中でも、はやく「自分の人生」に戻りたい、という気持との葛藤のなかにいる。ぼく自身の人生は、どんな作家の書いた小説よりも内容と内実において優るという気持が絶えずある。文学とは、現実の人生から一歩身を引いて眺める余暇の行為である。文学そのものにほれ込んで同化してしまう人間ではぼくはない。だから、自分の内実に照応させて了解しなければ味読できない簡潔な思想的哲学的文章のほうが ぼくには親密なのだ。とはいえ 具体的に描写されたイマージュとともに了解される文学想念は、思想的文章からは得られない価値あるものである。それでも、それはやはり乗り越えられるべきものとしてあるのだ。現実の人間は、いかなる文学的に描写される人間像をも越えるものである。「像」と「存在」との違いがある。それを承知の上なら、文学は、「存在」に迫るための得難い気づきを、緻密な人間観察による人物表象像に成功している場合は、与えてくれる。そういういみで ツルゲーネフは、品位と真摯さを、どの頁からも醸している。 ほんとうにのこるものは、そういう 情操といえるものではないか。 それは作者に感じる 人間 だろう。