〇君へ

 

追伸 

 

ヤスパースは『原爆』のなかで、全体主義による自由の抹殺に抗して、原爆による武装で自由を護ることも、様々な可能性の選択肢のなかの一つとして思惟され得るものだ、と考えている、と、貴君はきわめて適切に捉えておられると、ぼくは思っています。ロシアのプーチン大統領も、2014年以来続く露宇紛争(その背後には米欧の思惑があります)からロシアと国民の自由を護るために、ヤスパースと同様の意味において、核の使用も可能性として排除しない、という覚悟を表明した、と考えるのが適切でしょう。ところが国際情勢というものは、目的によってすべてを曲解させるべく利用するものですから、〈核戦争を煽っている〉と標語化して、大衆操作のためにメディア報道に乗せるわけです。もし貴君がそういう報道に乗せられているのなら、貴君の政治思考は、政治権力によって大衆化させられていると言わねばなりません。ヤスパースがもし、国の最高権力の座に就いて、『原爆』論を演説したなら、やはりプーチン氏と同様、対立側から、〈ヤスパースは核戦争を煽っている〉と宣伝されたことでしょうし、大衆と呼ばれる資質の人々の多くも、それを信じたことでしょう。できれば貴君に気づいてほしいことは、現在、〈ナチス〉のやり方は、米国を中心とする西側諸国のほうにこそある、ということです。どんな嘘や情報秘匿や詭弁を使ってでも、ロシアのリーダーを感情的に敵に仕立てようとしています。そこには、歴史的な、ロシアにたいする西側の植民地主義的な態度もあります。肥沃で広大な土地と資源を、人口過多な西側は、欲しいと思ってきました。嘗てのドイツが独ソ不可侵条約を破ってロシア領に攻め入った理由もそこにありました。ヒトラーのみの独断ではありません。歴史を遡ってイワン四世以来のロシアの国策の根本は、そういう西側の可能的・現実的な侵略から、いかにして国を護るかにあったのです。他国に積極的に侵略する意図を持つには、ロシアはあまりにも広大です。逆こそ、地政学的な真実だと言うべきです。政治の領域に具体的に立ち入った考察をすることは、そういう歴史的政治的に広範な事実に通暁することを前提とします。貴君のように、プーチン氏を大衆並に呼び捨てにするような意識ではいけません。かれは、実際の政治家として、酸いも甘いも知悉し、かつ、政治的次元を超えた精神的実存的次元に基づいても、行動する、覚悟のひとです。ヤスパースが政治家として生まれ変わったような気さえします。話はほとんど尽きませんが、核心的なことは言ったことにします。

 

古川

 

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〇様

 

貴君の今回のヤスパース政治論を読ませていただきました。とくに最後のほうで、理性と実存の関係をどう捉えるかに関し、貴君が誠実に苦闘し、自らの著作をも批判的に見返していることに、好感を持ちました。分極性とまでは言いませんが、ナチス体験が、哲学者ヤスパースの異なった相貌を事実的に引き出したこと自体に、実存と理性の統一的理解の難しさが証されている、とも言えましよう。ヤスパース理解に関しては、基本的にぼくも、貴君に賛同です。 ただ、最後に、「今後の課題」として、「現実のさまざまな政治問題や国際政治により一層立ち入って論じること」とされていますが、そうなら、現在我々が置かれている情報状況に相当批判的になる必要があります。日本は現在、日米同盟の許で生きていますが、これは、米国の主張に最初から味方することを意味します。マスコミが提供する表立っての情報を鵜吞みにした発言を学問の場ですることには、慎重であるべきです。ロシアのプーチン大統領が核戦争を煽っているとか、北朝鮮の指導者と単純に並べるとかする発言は、どういうものでしょうか。マスコミや大手新聞いがいのものでも、例えば書籍とかで、政治や歴史に関して勉強してほしいと思います。

 

ヤスパースに関しては今回の論文は為になり、御礼申し上げます。

 

 

古川正樹 

 

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〇君へ

 

ご返信ありがとう。ぼくの訳で、君の指摘なさったことに付言しますが、ぼくは問題のbisを前置詞としてなどとってはいませんよ。君と同じく、接続詞ととっています。Bisの意味が生きるのは、ぼくが「至るとき」と訳している処で、意訳の問題です。君の訳では、bisの意味が生きていません。ドイツ語のbisを、英語のuntilの用法とそのまま置き換えるのは無理があると感じます。「に至るまで」の意味合いを生かすべきだと思います。ぼくもそこで苦労したのです。Untilの直訳調にはぼくは感心しません。また、bisは接続詞、その次のmitは前置詞です。この二つを組み合わせる文法的用法はないと思います。文章表現や意訳の場合に、接近させて使う場合はあるでしょう。ここでのヤスパースの表現のように。だからといってぼくがbisを前置詞と見做すなどということはありえません。どうも君の判断には軽率で先走ったところがあります。とくに学問の場でのことなので、看過できません。

 

以上、いただいた添付ファイルで気づいた箇所を指摘させていただきました。君の政治論はこれから楽しみに読ませていただきます。

 

 

古川正樹