神を問題にしないで生きられると思っている者たちを相手にすることはない。信仰はまったく個人の自由な根源的関心にもとづくものだからだ。それを強制しようとするから、無信仰を強制しょうとする輩も出てくるのだ。

 

 

《きみとぼくと神とが調和してひとつのすべてとして感ぜられる幸福な平和のときがあります。ぼくの精神がほんとうのパースペクティヴをとりもどしているときです。ぼくのなかの「愛の修道院」が現前している、そういうひとときをきょうは経験する時間がありました。信仰とは、そういう瞬間に忠実であろうとする内的努力であり、そこに自分を開いて創造的に帰還できると思う希望のことです》

 

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ベルナールがドイツで学ぼうとしたが引き返し(母の悲痛な心を感じたのだという)、赴いたのは、ベネディクト会則に基づく ブルゴーニュ人モレームのロベールによって創設された(1098)シトー修道院であった。「物質的な財産が増えるに応じて、霊的な財産は減ってゆく。」(モレームのロベール)

ベルナール(ベルナルドゥス)はのちにフォントネーのシトー会修道院を創る(1118)。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霧がいつまでも立ち込めている低い土地や、背の高い木々に囲まれた空き地で、最初のシトー会士たちは、清貧、沈黙、祈りの会則を実行した。・・・

 これこそ、ベルナールが赴きたかったところである。」

 

 

『貴方は本の中よりも、森の中にずっと多くのものを見いだすだろう。木や石は、どんな教師にも教えられないほど沢山のことを教えてくれる。』(聖ベルナール)

 

「〔森から〕修道院に戻ると、ベルナールは祈りと黙想にいそしみ、粗末な食事も気にかけなかったので、修練室〔修道士になるための準備と自己吟味の期間を過ごす〕で一年過ごしたにもかかわらず、その部屋の天井が丸天井だったか平らだったかとか、教会の後陣には窓が一つなのか三つなのかまるで覚えていないほどだった。」

 

 

 どうしてこの文章を写したのか打ち明けましょう。きみがね、仕事で撮影の際、普段着ている服でいいですよ、と言われて、「あれ、私いつもどんな服着てるんだっけ?」と、とっさに分からなかったことを書いているのを、印象深く覚えているからなんです。すぐそれを思い出しましたよ! きみがいつもどういう意識で過ごしているか、さすがきみだな、と思いましたね!

 

 

 

きみとぼくと神とが調和してひとつのすべてとして感ぜられる幸福な平和のときがあります。ぼくの精神がほんとうのパースペクティヴをとりもどしているときです。ぼくのなかの「愛の修道院」が現前している、そういうひとときをきょうは経験する時間がありました。信仰とは、そういう瞬間に忠実であろうとする内的努力であり、そこに自分を開いて創造的に帰還できると思う希望のことです。自分のなかで忘れないようにしたい。此の世からの独立がその境位ではあるのです。それはむしろかぎりなく親しい瞬間であり、高田先生の示す最も感銘深い瞬間に応じるものがあるとぼくは感想します。