ぼくの平安を妨げる平常意識は、人間はみな少しずつ狂っていることを忘れていることである。みなが正常だと思うから、それに反すると思う言動へのぼくの感情が、ぼくの平安を妨げるのである。平常意識を、人間はみな少しずつ狂っていると思うことに、切り替えなければならない。 

 

 病人にたいして腹を立てたり疑心暗鬼になったりする者はすくないだろう。みな病人・精神病質者なのである。じぶんを疑わない者はそれだけでいちばん厄介な病人であることは厳然たる事実であることを、過去の記憶はぼくに気づかせる。

 

 精神病理学的態度を人間一般にたいして確立することが望ましい。平安というものは無邪気に無償では得られない。

 

 

 みなが持っている狂気を、ふつう、不完全さという無刺激な名で呼んでいるが、そこから憎悪や殺人感情まで起こさせるのだから、立派に狂気であり病気である。不完全さは狂気の別名である。狂気を狂気と知る医者にならなければ、こちらが狂気に巻き込まれる。

 

 

 頭が普通の人間は無論それ相応に不完全であるが、特に頭の良い人間はひとりの例外も無く病人である。人間という存在がそのように出来ている。頭が良いゆえに偏見と無理解と高慢と蔑視と狭隘と一面性にみちており、立派な病人の面の無い者はいない。一生かかっても多分治らない精神病質者であり、他の知力面でごまかしているにすぎない。