ぼくには、他人が、ひとにたいしてずけずけものを言うときの心理状態がよくわかる。ぼくいがいの他人は、相手に甘えているだけである。ぼくとは、心理状態がまるでちがう。ぼくいがいは、だれも、実存などしていない。みんな、典型的な日本的心理なのだ。ぼくは、日本人としては異質なくらい、甘えというものが無い。

 

 

 

 

いや、薩摩の武人にはそういう者がいたかもしれない。でなければ日本を救えなかった。いまになって明治維新も薩摩もよけいだったなんて、それこそあたらしい建国神話だ。首都が東京ゆえの、言いたいほうだいのドラマだ。いろいろ観察分析による理屈はいくらでも言えようさ。そういうもので歴史はひっくりかえらない。あたらしい意識を生み出すのは、歴史の分析(それは智恵を得るためにいくらでもしていい)によるのではなく、いま ここの自己の根源的創造によってだ。