3年半以来の再呈示。なぜかきょう、異例の14接続があった。

 

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「自己」を求める、すなわち「自分自身となる」ことは「神」を求めることにほかならない。この路に入る者は神よりほか恃むものはないから、神の導きと直接関係することになる。その自己欲求が根源的であるかぎり。  ただし、人間を支配しておこうとする悪魔も警戒しはじめる。社会と悪魔はぴったり表裏一体の、負の受肉存在であり、けっしてただ現世存在(現存在)であるのではない(霊界じたいが現世性に支配されている)。自己と神を求める者が闘わなければならない現存在とはじつにこのようなものである。

イエスは、サタンと民衆の表裏一体によって殺されたのである。

(「自分へ向って行動する」ことの意味も感覚もわからない者は他者への奉仕を第一にかんがえて生きればよい。社会が推奨するものはこれのみである。社会は永遠にこれしか言わないであろう。それで個人としても満足するかしないか、幸福と充実が得られるか、個人の秘密に属することである。社会主義は人間を満足させたか、幸福や充実を与えたか。なぜ人間は芸術と美を求めるのか。社会奉仕のためか。社会奉仕以外は贅沢余剰か。葬儀参列者の数で個人の価値が量れるかのような物言いは昔からあるが、いまは反吐がでる。)




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つぎは、前節で触れた福田真一氏 〔朝日新聞社刊「高田博厚著作集」(全四巻)編集委員〕 より茅ヶ崎から嘗て頂いた最初の書簡の全文である。いまが時宜と思い、ここで世に公開し刻んでおく。十年ほど前、つい最近のことであるのに自分で驚く。ぼくはまったく普通に大学の授業とみずからの学業に携わっていた。そして、このような本物の文士に心から迎えられるのがぼくという存在であるのだ。これを写していて、自分という存在の重みへの誇りが恢復してきた。そして、こういうぼくを身体状態において壊しておいて、ぼくの価値を愚弄否定する悪霊傀儡共のやりくちの非道さへ、たとえようもない怒りが湧きあがってくる。ぼくは、他者に公平であろうとして、自分に公平でなさすぎた。そのために、あまりに卑屈な思いを不当甘受した。ひとがよすぎるのだ。ぼくはいま、これらすべてを清算し、自分の価値を主張しようと決意した。謙虚(それは自分の神にのみでよい)にしていては、俗物がつけあがるだけだ。ぼくがいかに精神の高嶺の花の存在であるかということを前面に押し立て、自分で自覚しながら、やっていかなければならない。なぜなら、ぼくは普通本来状態を破壊された被害者として、自分の尊厳を要求する権利を自分に認めるからである。「ぼくが俗物共と同じ席に座れるか」、という構えである。現在は非常時であり、これをやらねばならない。さもないと、いまのぼくは嘗ての活動ができない状態に強制的にさせられたのだから、それに甘んじて現状をみとめていては、いくらでも舐められてしまう。嘗ての自分を知っているぼくは、それを受け入れることを絶対に肯んじない。この世界には、このぼくの事情を忖度せぬ無礼者が多くいすぎる。ぼくはこれから、いままでのようなひとのよいぼくではない(それでは自分の価値を自分で忘れてしまう)。これがぼくの決意である。
 つぎの書簡全文は、本物の文士が、ぼくにどういう態度で臨むものかを、つまり、本物がどういう態度をとる人間でぼくがあるかを、示している。この本物の文士のぼくにたいする態度以上にぼくにたいして自分を押し出すような資格など誰にもあろうはずはないことを、他はよく心得るべきである。このかたは、ぼくの書いたものをほんとうに理解する力量がおありになったから、ぼくがなにものであるかを理解し、こういう鄭重きわまる書き方をお示しになられた。ぼくの書くものを真に理解もできない者は、ではどういう態度をぼくにとるべきか。力量がないゆえその自覚もできない無礼者に、ぼくが寛容であるべきなのか。すくなくともぼくはそういう者等のおしゃべり相手だと思い違いしてもらっては困るのですよということは、ぼくのほうから言っておく。
 ともあれ、すでに故人であられるこの方の、めったに拝めない衷心よりの御名文を、ぼくの責任において公開するのだから、ありがたく読みたまえ。大方は、一生かけても、二三生重ねても、この次元のかたから、こういう書簡はいただけまい。ぼくがどういう存在のものかを思い知るべきである。ぼくはこういう言い方をまったく故意に為している。未熟者の傲慢と同じに感ずる者あらば、己れを恥じよ




復啓

去年十二月、あなたの労作『高田博厚における「触知し得るイデー」』を所収の論文集「いしぶみ」と学生のレポートのコピイの御恵与にあづかり、御芳情唯々有難く、遅延ながら厚く御礼を申しあげます。

内外自他の事情のため、感謝の意をあらわす返事を送ることもなく、打ち過ぎましたこと、諒恕を乞いたいと存じます。

著作を通じての高田博厚氏の意嚮は、同時代の少数者にこそ そのあとを残す、と見ていました。しかるところ、この分析的作品が、わかき時代の人々に属する方の手に成ったということに対して驚きの情を禁じ得ませぬ。高田氏の審美思想に対する透徹せる洞察と精到な理解は、高田博厚という現象の核心に触れています。今や、日本人は、世界が真に世界になってきているという時代にいるわけです。立っている場の自覚を深め、高田博厚考察に なお更に歩み入られようことを祈ります。

高田氏の没後、直接に氏の薫陶に浴するを得たる小生一個としては、氏の詳細な年譜を作り、個の魂の生成過程を媒体として、さらに大きな時代精神の動きを寫し出したいと願うのみでした。小生はいまだに自らに期したことを現実化していませぬ。さもあれ、思考の仕事を推し進めて、行きつまるなら、思想が熟していないからである。斯く自分の在る境をはっきり決めて、思考の時を実らせることにいそしみました。時は去りゆきます。

運命が小さき者を途上にて滅ぼすこともあろう。所詮、人生は求道の過程だというべきではないだろうか。自我の意識の形成されるころ以来、自分は、ひたすらにロゴスの旋律に随ってゆきたいと希い、西と東とのあいだを彷徨をつづけながら、美と真をたづねて来た。よし旅を全うする能わずしてやむとしても、何ら思い残すことは無い。

いつの日か、相会うて閑話をする機を得たいものです。東京に出られるようなときには、どうぞ御連絡下さい。 phone 0467-〔略〕

御厚意によりまして、全く思いがけなくよろこびを享けました。繰り返し感謝をささげます。

  二〇〇五年一月二十八日 深更
                              福田 生

 古川正樹様



二伸

余生幾許。「近きものすでにすべてはるけし」 ゲーテ老境の作の一詩句が、ふとこころを掠めすぎます。終りにしるしとめました「運命が」以下の文字は、宛もない独語のたぐいというべきでありましょう。どうぞ見て過ぎて下さい。

序でながら弁解めきますが、小生は、純粋な学究者の敬愛をうけることについては、全く無資格であることを深く感じるものです。戦争という空白時代があり、学業の遅滞という重荷を負って、時間的な展望の欠如になやみもせず、鈍重に、自分の途を歩いて来た者です。



  
 
  

 

 

 

 

 


 
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