女性は男と張り合おうとしてはならない。そういう女性は愛されない。 ぼくは、ほかに何があろうと、ぼく自身の好意に反しても、そういう女性は愛さない。これはぼくの器量の問題ではなく、愛の本質の問題である。 そういうことが、すきな男性にたいしてさえ気づけない。 学の有無にかかわらず、知的なところのある女性は、この致命的欠点に晒されている。学や知性に男が嫉妬するからではなく、学や知性の意識そのものが陥穽なのである。 男性と張り合う態度のある女性からは、すべてぼくは離れた。すべて、その態度が、離れた根拠であり、ぼくが馬鹿ではない証拠である。 くりかえすが、ぼくや男性たちの器量の問題ではなく、愛の本質の問題である。