訳していると、ヤスパースさんも一生懸命、これを言おう、これを言おう、と、苦心惨憺していることがわかる。そういう意味で難解であり、それがわかる者にとって、易しい文章ではない。ヤスパースの文章を易しいと言う者たちと、ぼくとの間の懸隔は、ますます大きくなる。ぼくは彼らをますます不可解におもう。 

 

ぼくの訳を読み、すっきりと理解できるならば、その分だけ、ぼくは原文を理解するのに苦労しているのである。

 

 

 

哲学者であると同時に精神病理学者でありつづけたヤスパースの、後者としての著作は、その難解さで有名なのにである。

 

 

 

 

ふつう、原文のほうが翻訳よりも解り易い、と云われていますが、ヤスパースの原文はひじょうに難解。翻訳は解読でもある。その解読作業において、原文よりもよく解る、親切で丁寧な、読んで間違いようのない語の配置と相互連絡を意識的に心掛けた訳を工夫しています。

 

 

ヤスパースの文章は、極度の簡潔さと、極度の入念さとが、入り交じった文章である。