だけどよく、「高田博厚を超える」という言葉を、あなた、ごじぶんで肯定なさったわね。 

 

うん、それで気づいたんだけどね、言葉で表現される世界のなかで、あまりに自分いがいのほかの人間を崇拝している者、つまりぼくのことだけどね、そういう者は、その尊敬する人間いがいの人間たちの言うことをも、必要いじょうに気にしたり反応したりするようだ、つまりぼくは、そうやって、ほかの人間たちの言葉にも、言ってみれば、神経症になっていたらしい、ということに、すぐ気づいたんだよ。 精神の自立は、精神の安定をもたらす。それは解っていたけれど、ぼくを引っかいていた最後の棘が、ぼくのなかでの高田さんの権威だったのだね。高田研究とは別の、それを取り払った。 

 

おおきなことを気づかれたわね。