精神の平衡をとる内的な支点は無くならないという意識を持って、自己の平静を保つ。 この支点は時々見えなくなるように思われるが、自己の内側に意識を向けていると、その支点の磁力をだんだん感じるようになる。 

 

 

自分の外側の尺度におめでたく意識が逸らされるかぎりでの正月や誕生日というものは、ぼくはかならずしも好きではない。 

 

 

 

 

 

他人というものは、そのじぶんの言葉のゆえに、どんなにみずからじぶんを死罪に価するものとするか、わかっていない。そのおろかさが、ぼくには信じられない。ぼくにたいして以外に、ほかの人間にもそういう言葉を発しているのだろうか。だとしたらじぶんの言葉の積もった重さのせいで死ぬのはやむをえない。 

 

 このぼくの記したことは、稀なる正当な呪いである。 この呪いは成就する。 ぼくの怒りがどんなに大きいか思い知れ。 この怒りは、ぼくが支点を維持しているぐらいでは無くならないのだ。 ぼくの側がきっかけを与えたなどという類のことをどんなに言っても、無駄なのだ。ぼくの存在は、そういう抗弁を無効にするから。ぼくは、あらゆる詭弁を打ち破って、ぼくの呪いを他人に送る。ぼくの内的な平衡のなかからこそ。 この怒りは、ぼくの理性が肯定しているものだから。