独特な陶酔的世界の歌曲で知られる作曲家 アンリ・デュパルクは、37歳で不治の病となり、高齢まで生きたが、何の仕事もできなかったそうだ。何の病かと調べたら、神経衰弱ということになっていた。
一般的に、頭が良いと言っても、その良さはじつに多様であろう。或る意味で頭の良すぎる人間は必然的に神経衰弱となり、頭がわるいのと同様な結果となる。単純なのと複雑すぎるのとは、遠目からは同じに見える。人間を単純に判断することは馬鹿の所業であり、人間には一定の基準があると妄想する。
《デュパルクは三十七歳以後、〔…〕 四十八年間、「来る日も来る日、また仕事ができるようになるかと願いつつ」心に生まれた数々の痛切な旋律(メロディ)を曲に作りあげることができなかった。最後に彼は崇高な言葉を書き残した。「主よ、あなたの優しい声がわたくしの魂を新しい生活に招きます。冥想するしずかな内面的な、ただあなたとのみある生活に呼びます。あなたは絶えずわたくしを救いに来てくださるのですから・・・。」 音楽! これが「永遠の生命への旅の誘い」である!》
高田博厚「音楽と詩」 一九七五・十一 (『もう一つの眼』41頁)