体を健康に保ちたければ体に仕事をさせる。たとえば腱鞘炎だからと手を休めさせないで手に善いことをさせる、つまり美しい音色を鍵盤で弾かせる。これによってぼくは手を硬化から救い、治したのだ。あれはほんとに、じぶんの決断にもとづく、一か八かだったな。絶対安静なんていうのは、うそだ。

 体に不調を感じたら、怠けさせているからだと思って、善いことをさせる。この善いこととは、美しいことなのだ。奉仕や苦行やトレーニングではない。美しいものを生むことができる体の部分には、その美しいことをさせるのである。怠けさせていてはならない。神もよろこぶことをさせる。美を生むことにまさる善行はない。 

 

 

 

これでピアノとの縁がつづくわね