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「純粋さ」には、「飼い馴らされていない」という要素が本質的にある。その意味で、「純粋さ」と「野性性」とは、通底しているところがある。

純粋さも野性性も「独立性」であるのだから。 社会からの、そしてこの世からの。 これが「イデアリスム」の本義である。

 

 それを証示しているところが、フランス人根性にはたしかにあると思う。 どんなに「迷い」のなかにあるとしてもである。

 

 

純粋でなければ直面できないものがある。 純粋になれるか、それが実存である。 純粋なひとには、野性的なところがたしかにある。 ぼくにもあるつもりだ。 あとは各々の副次的な処世態度の相違にすぎない。

 

現代人は、野性的といえば憧れるのだろうか。大事な本質は、純粋さでこそある。それがあってこそ野性性は えもいわれぬ魅力となる。

 純粋さとは、ひとつの内的な仕事を課すものだ。