初再呈示   ぼくに関して大変重要な点 

 

テーマ:
 

 

ぼくは今年の五月ぐらいからほんとうに素描をはじめたと思うが、それ以前に書いたたとえば四月の文章を読んでみても、数年前に書いたような距離感を感じてびっくりする。あきらかに、造形としての素描を実践したことで、精神がバーンとワープしたようだ。 造形素描は、ぼくの精神を、深化、というのが断定しすぎなら、変容させている、と感じる。 言葉いがいのもので精神表現することの成果である。 

 

 

 

それから、いま、上のこととは独立した件だが、もうひとつあらためての確認がある。ぼくは、正常な良識をわきまえていると同時に、ここぞという瞬間には、世間的・社会的意味での良識(規範としての)を、平気で突破してしまうという、世間知らずというのではなく、意志的な突破傾向がある。「突破者」なのである。なにをするかわからないという無分別ではなく、むしろ平均いじょうに良識的でありながら、同時に意識して平気で「良識」を踏み越えるということを、決断的・意識的にわざとやる。 それをまったく意識だけで実験的にやってみたこともあるが、じぶんの根源的だと確信する生活意識を貫くために、動機をもってやったこともある。 そういうことはいまに通じているのである。けっして常識知らずなのではなく、常識を普通いじょうにわきまえ意識しながら、それを「超越」してしまうのである。「日常の突破」の要求が、ぼくには本性的にあるのだとおもう。ぼくは実際にそれをやってしまう。知性と理性を保ったまま。 ぼくは周りから信頼されていると同時に誤解される、ということが、ぼくのこれまでの人生を特徴づけている。これをほんとうにわかった者は、ぼく自身いがいにひとりもいない。全部ぼくを見抜けなかった。一貫して信頼していたのはぼくの母だけだったろう。母親の子供への信頼は、そういう、誰もおよばない深い本源的なものである。