試行錯誤と偶然の渦のなかに生きているようであっても、ぼくにとって最善のことしか起きていないし、ぼくに最善のことしかぼくは為していない。ぼくにとってすべては必然であり、最善である。これを信じることの効果はすごい。現状を肯定することができるのだから。しかも、忍従の定めの受容としてではなく、精神的・魂的幸福の、疑いのない実現として。 

 

 

この信と内実肯定は、無謀な狂信とはまるで逆の、こまやかな思惟と配慮の果実として受けとられる。

 

ぼくに不充分だったのは、この内実肯定のみだったのだ。

 

直接の成果とは関係なく、ぼくの行為はぼくの本性から発して、誤りだったということがない、という、遠大な視点で自分の行為をみることが大事だと、不意に気づいた。