いついかなるときも怒らないようには、人間はつくられていない。絶対に怒らないならば、それは人間であることをやめることである。それは悟りではない。怒りに罰が与えられるのなら、それは悪魔の容喙であり、正当なものではない。怒りは人間の定めである。愛が人間の定めであるように。 愛だけ得て怒りを得ないようにするのは人間として矛盾である。軽いものだけ得て重いものを得ないようにすることはできない。そういう発想は すべてを真実ならざるものにする詭弁である。 

 

 

これを人間の現存在(Dasein)の二律背反的構造と云えば、そのままヤスパースの限界状況論である。