だから、この欄を書きつづけてきたことは、よかったと思う。かんがえることは言葉でかんがえることであり、ゆえに、書くことと読むことは、同じ精神筋肉の鍛錬なのだ。そして書くことが先導する。 ぼくの薬害の頭で、それ以前には読むことが億劫だった本まで読めるようになったのは、予想を覆す素晴らしいことだ。