違うやり方もあっただろう、と思わないこと。自分の真の本性からして、その時その時期その状況では、最善のことをした、と思うのが、ほんとうらしい。
思いのとおりに現実はなる、強く思えば現実となる、とよく言われる。しかし問題は、真の自己確信に至ることであることが、忘れられている。その確信に至るために、思惟・反省はあるのである。ほんとうに欲しているのか、何を真に欲するのか、自分を見極めることが、哲学的思索なのである。恣意的な望みを強く思うことではない。根底において本気でないことは、望んでいないことと同じである。