『秒速』に寄せられた膨大なコメントをあらためて今夜読んでいて、いまの青年たちにも、「純粋」とか「浄化」ということを真面目に感じ志向する者が、大変な数いるということを認識した。この作品への評価は桁違いで、制作者の最高唯一の、今後も現われない作品、と、殆ど普遍的に認められている。野蛮な世相に沈黙していた層が、この作品に触れたことを契機に、声を上げたという観である。野蛮な世相は一部の野蛮な者たちが作り上げた。多くのひとびとはこれに承服していないということである。教養感覚の無さに飽き飽きしているということである。世相への反撥は、自覚的に練りあげられてはいないものの、根本的な感覚や感情として、一般の多くのひとびとのなかにある。これを侮る者たちは必ず罰を受けるだろう。 

 12年以上前の作品が現在も現役の反響と評価を受け続けているというのは、たいへんなことである。たしかに、この作品のみが不思議なほど次元高く制作されていて、繰り返しの鑑賞に応えている。