読書はピアノと同じで、何を読んでいるか、どういう作家を愛読しているかなど、けっしてこちらから他に言うものではない。他を、自分の親密な世界に介入させないこと。他の不用心な、或いは明白に悪意のある、言葉の記憶は、自分の親密な世界を台無しにしてしまう。自分の魂との親密で純粋な対話の世界を、人間界の裏切り者になっても護ることが大事である。 

 

 

 

書物からは益を受けるが、知己などからほんとうに益を受けたと思うことは一度もない。

 

それというのも、学問人は成り上がり者だからである。昨日の節、「学問人ではなく教養人」で、ぼくはよいことを言っている。現代では、学問人、すなわち知を求める行為により文化人の領域に入っていられる者は、まず、ぼくのいう教養など有してはいない。精神ではなく、知によって成り上がった者である。つまり、本質が、貴族ではなく世間人なのである。