人間の心を納得のゆくように改めさせるということは、不可能であって、その意味では忠告など無益なことである。個人の本性は変わりようがない。約束は履行されない。忠告を受け入れさせたら、かえって、その者と付き合いを続けるという無理した義務をじぶんで負うことにしかならない。 合わないと思ったら離れるのがもっとも賢明である。 

 

 

 

 

 

ヤスパースの「交わり」思想を否定しているようだと思うなら、ぼくはこう言う: あれは、根底に愛がある場合の、「愛しながらの闘争」の場合だ。運命を共にする愛がないのに、ただの勝手な意見表明を交わりだと思い込んでいるのは、餓鬼の遊びと同じだ。そもそも基本が解っていないというべきである。一般に云われる交友は、愛ではない。礼儀があるべきだ。それこそ、愛の理念をもっている者の態度だ。