音楽が生きているためには、さまざまな表現の最中にも、生の基本として呼吸というリズム運動をしていなければならない。この呼吸が通奏低音なのであって、生の華やかな表現としてのメロディーを載せる土台なのである。けっしてただ寄り添うだけの伴奏ではない。海の、途切れることなく寄せては引くさざ波と同じである。演奏は、無論、ただ弾くことではない。楽器を通して、楽器を超えて、自然という存在を現前させることである。人間に感ぜられ映る自然を。そこに集中することこそ真の演奏であって、すべての芸術の生命は、この、集中による「実存現前」にある。それは緊張であるよりもむしろ緩和であり弛緩であるような集中によってもたらされる。演奏において、そのような状態に集中するならば、起こるべき秩序が起こるだろう。
すべての芸術行為の本質は、技巧ではなく実相観入でなければならない。