地上的意味での結婚は何のためにするのであろうか。魂の一致する者同士、つまり魂の愛において互いを見いだした者同士が、現実生活においても共に生きようとするのであれば、却って、生活のために魂の愛を犠牲にすることになる場合もあるのではないか。逆に、生活のために結婚するのであれば、やはり魂の愛を放棄することになり、人間であるかぎり、魂の愛から復讐を受けることになるだろう。

 

 結婚の、魂の愛に関する二律背反性を感じて、このように書いてみたが、書いている途中で、すぐに、このような書き方は事柄を単純化しすぎていると気づいた。

 

 魂が一致することは、魂の友情であり、かならずしも愛ではない。

 魂の愛は、どこかで魂の一致があるが、それいじょうのものに押されている。むしろ魂の融合である。

 

 この問いは単純ではない。 

 

 

 

 

それにしても、人間の多くは、魂の愛を結婚において問題にしているとは思えない。 

 

 

 

 

これは覚え書きとして残す。