全部やり直さなくてはならない。
中学から大学まで、教える側が、根本態度・心掛けを、全部間違えている。
学制を全部終えてしまった者は、強いられた人間態度を全部否定しなければならない。大部の教師たちの人格とともに。彼らの常識こそ非常識であることが今わかる。
不快を不快であると言える習慣をまず自分においてつくる。理屈よりも感情の分析表現が人間には大事。 それを自己主張だと抑えるな。
日本は人間の間違ったあり方を延々と伝統・慣習にしてきた。
個人が目覚めてやり始めなくてはならない。
ぼくは、「全部」と、きわめてデカルト的に言う。このラディカリズムを要するほど、日本の教育は間違っているのである。 「人間」というものの透徹した明確な理解に基づくべきというのが その意味である。革命ではない。求められるのは、革命よりもっとはるかに根本的な改革である。そこにラディカリズムの真意がある。 「人間の理念」に基づいた教育でなくてはならない。 その「理念」とは何か。それをぼくは明示しようとずっと努力しているのである。 それは、自分を探求し語ることが その明示になるようなものである。 ここはいいかげんなおしゃべり欄ではないのだ。 ぼくがそのような自分にあたえる権威はどこから来る?
ぼくにはあまりに自明で自然なことである。