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意外に思われるかしらないが、森有正の「経験」の思想は、ヤスパースの「歴史性」を通しての「存在探求」という行為的哲学と、相当な親近性があるのである。そして歴史性の哲学的重視は、ヤスパースの哲学的論理学の実質である包括者思想の帰結なのである。存在そのものを包括者として見做す件の思想は、最大の特徴を、「本来的存在なるものは事実的対象性の次元で把捉しうるような何らかの客観存在ではけっしてありえない」という根本態度にもつ。「包括者」というイメージ語で示されている思想は、「存在」を「把捉可能な知」として探究する態度の拒否であり、かえってあらゆる知は、知を無限に越え包む真の存在の「現象」(Erscheinung)である、と見做す態度である。このような存在探求の根本状況において、個々の実存(魂)の自己実現実体である「歴史性」こそが、その限定性(規定性)にもかかわらず、もっとも充実した本来の存在そのものの現象として、存在感得の場となるのである。ここにヤスパースの、「存在の暗号を実存の歴史的実体のなかに読み取る」という形而上的実践が、一種の「象徴主義」的営為として、自覚されることになる。「包括者」と見做される「存在そのもの」の無限空間が意識にとって開かれているからこそ、このなかで、唯一可能な現実的充実の道である「歴史性」が、真剣に引き受けられることになるのである。そのために、狭い対象性意識から我々を解放し、歴史性の生へわれわれの意識を開くのが「包括者の思想」なのである。