真実はじつに単純で精妙で、ぼくはもうあまり分析的・論究的に志向したくない境に入っている。
スピリチュアリストの陥穽は、宇宙観念を使いすぎること。それによって内容が戯画化され、もはや美性とは縁のないものとなっている。ところが美性こそは、魂が本物であることを証するものなのだ。 そういうものがまったくぜんぜんない。 漫画的な愛嬌にとどまっているうちは、たとえそれが観念や感情の表現であっても、真面目ではない。 楽しいことをやっていれば良くなるという言い方にしても、それの土台である魂的根源がしっかりしているとはとても思えない。
高度に解釈し直さなければならない。
「美性」、これは本質的に大事なことである。「知性」「感性」の志向するのは「美性」である。
高度な芸術に学ぼうとするスピリチュアリストなど、いはしない。 いたら、〈スピリチュアリスト〉を脱するだろう。