「結論」が同じということは たいしたことではない。 

 

歩んだ「過程」の質が問題である。 

 

けっきょく、過程の質が、結論の質を決める。 

 

そのいみで、現在のスピリチュアリズムの蔓延は人間を軽佻浮薄にしている。 

 

教養性というものが、そこにはまるでない。   

 

 

 

仮に結論が同じでも、であり、じっさいは結論の比較もできないほど異質である。 当然に。  

 

 

 

 

人間は 生きる意識質というものが大事であり、それを思えば、大衆レベルの価値観の転換にスピリチュアリズムが一役かっているからと、見過ごすわけにはゆかない。別の意味での良識からの逸脱を惹起している。 

 

 

 

このような批評も、批判であるよりも、自分の位置を明確にすることなのだ。