こんなにも失われたものについて 

あの永かった幼い日の午後について 何かを語るために 

しばしば思いに耽るのは楽しいことだろう 

それは二度とあのように現われては来なかった――なぜだろう? 

 

 いまでも私たちはそれを思い出す――おそらくは雨の降る日に。 

けれども私たちはもうそれが何であるかを知ってはいないのだ 

二度と生活が 邂逅や 再会や 前進で 

あの頃のようにみたされていたことはなかった 

 

あの頃 私たちの出来事は まるで 

ひとつの事物(もの)や動物のそれのようだった 

あの頃 私たちは 人間の世界と同じく 彼等の世界を生きて 

縁(ふち)まで形姿にみちあふれていたのだった 

 

そしてひとりの牧人のように孤独になり 

偉大な遠方をいっぱい担(にな)いながら 

まるで遠くから招ばれたり 触れられたりしているようだった 

そしておもむろに一本の長い 新しい糸のように 

イメージのつながりの中へ織りこまれていた 

その中にいつまでもいることに いまでは私たちが戸迷いしているあのつながりの中へ 

 

 

Kindheit 

 

(『新詩集』より  富士川英郎訳)