書くことは思想を得るためであり、自分の「形」を見いだすことである。他に見せるためではないが、他に見せるというかたちをとることで、思想つまり自分は客観的な存在となる。これはなにより自分にとって意味あることである。自分を存在たらしめる行為なのである。 

 

電子欄はそういういみで、「自分の形を得るために書きつづける」行為を、万人に開いた。   他のためでなく自分のためという動機を実現しなければもったいない。  

 

自立ということは形を得てはじめて成る。 それが創造の動機であり、高田さんの言っていることもそれだろう。アランやロマン・ロランも、同じことを推奨したのだと思う。