言動の評価を、結果からおこなってはならない。言動の動機(過去の経緯をふくむ)のなかにしか評価基準はない。 本人が自分の言動の動機をよく了解(記憶的に再現)し得ていれば、結果に左右されない。結果にもとづく反省は、それじたい自己欺瞞であり、これが一般の普通に為していることだろう。 結果とは、印象論的で無責任な世評も入る。 自分の動機に注視できない者は、いつも世評(結果)に屈し、それを反省であると錯誤している。
ぼくの動機は世間並ではないぞ。それが時々問題を起こす。
怒るべき瞬間に怒りの言動をとらないのは品格ではなく偽善(自己欺瞞)である。 それ(怒りの表明)がどういう世評を結果するかは、ぼくの関心事ではない。
ぼくの動機(感覚と感情と経緯の記憶)に ぼくは信を置く。ぼくの動機はぼくのみが了解することである。