いまの世の奇蹟のようなきみ

 

 

模写は模写自体が目的なのではない。印象を再現しようとするとき、模写によってゆくしかない。ただ模写であれば機械が精確に果たす。しかし機械は感動をもってその作業を果たすことはできない。その成果は感動を与えることのできないのは、われわれの経験していることである。ただ人間のみが感動をもって模写に努める。 

 

 

 

 

 

制作中 記録として :

(略)

 

最初描いた表情をすでに何度か修正している。最初のものが最もよかった。印象再現をより深めようとして修正模写をすすめても、先に描いたものより優れてくるとはかぎらない。ぼくのほうから左向きのほうが感覚が自然にナビゲートしてくれる。寸法計算も必要ない。昨日・一昨日は、負の経験をしてしまったかもしれない。努力して除去し純化するしかない。

 

(略したものにかえて:)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〔修正順であるが、デフォルメしているつもりはない。原形の印象に忠実であろうと苦心惨澹して模写に努めた結果である。印象に至るには模写しかない。結果、原形そのものには一見似ていないが、他のときの裕美ちゃんの表情をここに見いだし、多様な表情をもつ彼女にも個として通底する本質があることをたしかめたようにおもう。〕