神経を休めたいと思ってよこになっていたら、これは記しておこうと思った。論文執筆のためにパリに滞在していたとき、時々イザベル・ルオーさんのお宅を訪問した。ジョルジュ・ルオーが最後に居た処である。部屋には最後の作「サラ」の原画が画架(イーゼル)の上に立てて置かれていた。そこは窓際で、リヨン駅が臨まれていた。この神秘的静謐の宗教画家は、イザベルさんによれば「活気」(vivacité)を愛していて、郊外になど隠遁しなかったのだ。「サラ」の隣にはルオーの座っていた椅子があった。「座りなさいよ」とイザベルさんに笑顔ですすめられた。ためらっていたが、ほんとうによいというので、もともと図々しいぼくのことだから、それでは、と観念したふりをしながらその椅子に座らせてもらった。その椅子の感触、よく覚えている。しっかりしていながらひじょうにデリケートな感触だった。そうとう使いこまれていることが実感された。 

 

 ぼくは、世界的大画家ジョルジュ・ルオー愛用の椅子に座ることを許された人間である。

 

 深く厚い歴史を内に懐いたひとりの真摯で稀有な人間の意識を瞑想すべく義務づけられたと思う。瞑想はそこからかぎりなく広がってゆく。この「ものの実存」の一点から、そこに結びついているすべての世界と人間たちとに。「ぼくの経験しない記憶」の広大な世界に。ぼく自身がそこに結びついている。 

 それがぼく自身を、ぼくの世界を、歴史的に尊重しなければならない存在にする。高田先生の御宅を訪問したときに感じた「ひとりの歴史的人間の世界」の現前の神聖さは、ぼくのそれの神聖さとなる。ぼくは自分をそういう存在として自重し、この神聖さを自分で支えなければならない。 

 

 

 

ぼくがこういうことを言えるようになったのも、裕美さんあればこそである 

 

 

 

 

自分を慈しむ

  12月19日