「友たるものは、推察と沈黙に熟達した者でなければならない。」
                          
                              ニーチェ 




言うことなし。  そんなやついまどこにいるか。  





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いまの世ではね、友情とは、自分への現実的配慮にもとづく妥協と見せかけとである。本音を探ってごらん、「ひとりではこの世で生きてゆけないから」、という現存在の必然性にぶちあたる。驚いたことに、この本音をそのまま認めて恥じない者が、智慧と真理を求めているつもりの者にもいるということだ。「それでは生きてゆけない」と平気で言う。だから自分の魂を他に跪かせる、これを俗物という。俗物原理の真理探求者、だからすべてがおかしくなっている。この世で生きるためには卑怯者で偽善者でなくてはならない。誰でも分かっていることだ。誠実であるとは、そこで誠実のふりを(まず自分にたいして)することではない。生きる条件としての卑怯と偽善を自分の内でそのまま認めて、自分で自分をごまかさないことだ。


魂からの友情、そういうものを、いまの時代に語る資格のある者は、ぼくいがいにどれだけいるだろうか。