報道は、必要な情報も得るが、有害な印象も受ける。このことを常に意識に留めて、不用意な状態で報道に接してはならない。実際は、常に充分用意した状態で接することは不可能なことであるが。

意識をおかしくする印象を提供すべきではない。

提供側の意識と判断力に俟つほかはない。

精神的向上心のある人間ならば、寛容であるべきことと寛容であってはならないこととを適切に判断しなければならない。