粗雑な思考の邦人は、自分の思考をもって他者に平気で干渉し、しかもその僭越を自覚しない。これは学の有無にまったく関係しない圧倒的傾向である。むしろ有学の徒の粗雑干渉が著しいのが日本の特徴であり、欧州をいくら学問者として経験してもすこしもこれを自覚反省しない者が圧倒的に殆どであるのは全く驚きである。
なにかこう、学や年齢の寡多にまったく関係なく、大方の日本の学問者は、ぼくと比べてあまりにも精神次元が低いのが、どうしてもぼくにはわからないのである。ぼくはそういう比較ですこしも優越意識など起こりようがない。それ以前のあまりに基本的な問題なのである。学問的営為とはまったく関係ない、人間の品格の基本にかかわる意識境位が達せられていないのが、ぼくには了解不能なのである。そういう心性を想像することはぼくにはできないし、欲さない。


こういうことはぼくも今まで言わなかったことである。やっと自分の判断意識を他に明言する気持に至ったというべきか。これは同時に、自分というものの自己承認の段階に、注意深く慎重な他者経験を長期間幾つも重ねて(その他者達は日本では堅実な学問者として通用している者達ばかりであった-そうでなければぼくはそもそも仮初めにもつき合わない-)、ぼくがやっと達したということである。

  - デカルトの自己意識生成の個人史と同様であると思われる -







別件
思考粗雑な日本人は、情緒的思考をする。これがいちばんいけないのであって、魂への配慮に達するものではない。情緒と魂とは、別である。情緒は、移りゆく心的状態にすぎず、無責任な無常観しかでてこない。だから、他者の心に干渉したり、自分が自分において自覚しない魂を他者において傷つけることを何とも思わない。情緒的人間は、非人間的人間にいくらでもなれる。「人間」ではない(「人間」となっていない)からである。情緒は、魂の現象としてとらえなおすことができてはじめて意味をもつのである。ぼくの経験では、情緒的人間(日本人)は一見思い遣りがありそうで、しかしその思い遣りはピントがはずれて非本質的なものへ拡散しており、頼りにならず、浅薄である。そして大事なところで無礼でさしでがましく越権発言を平気でやる。自分の領域意識がないから他者の領域への意識もない。ぼくは、学問をともかくかじっている者達についてのぼくの過去経験を言っている。邦人にとって、学問することはどれだけの意味があるのだろうか。自己の深まりとは関係がないようだ。

このひとたちには、高田先生のいう(創造作品の重要要素である)「詩魂」はけっしてわからない。なにか感じはしても違う方向を向いている。魂を培っていない者にほんとうに詩は書けないし、創造もできない。〈作品〉をみれば瞭然である。これは深刻な事実である。そういう〈作品〉に、評価などほんらいできるものではない。







ぼくがまともに勉強できたのは25歳までだ。それまでにヤスパースの『哲学』を読めたからよかった。あとは、自然はことごとくぼくに勉強の障礙を置いて、ほんらいの状態で勉強思索できた覚えはない。ひどい状態で無理に勉強してきたから、それが普通だと記憶のなかでは勘違いをしているが、25歳以前の頃のことをかんがえればとてもほんらいではないのだ。あの頃の状態のまま勉強をつづけていて、みんな学者や一つの道に秀でた人になるのだろう。そういうことをおもえば、それ以後の自分の在り方は、いまの在り方と、「ほんらいではない」ということでは同じだ(いまの非本来性は言語道断だが)。25歳以後はいまに至るまで、自分の現実状態を欺いて「普通」を何とか表面でとり繕ってきている。ひどいはなしだ。ぼくがいまにいたるまで「大人」にならず「青年」のままなのは、そういう事情によると解することもできる。(そういうなかで苦心惨憺して博士号をもぎ取った。) 25歳で止まって(死んで)いるのだ。怪我の功名か、本質か。両方だと思う。
 学者になりたかった。その素地は十二分に開花してきていたところだったのだ。あとは絶望から自分の本心の路にその都度飛び込んでいったのだ・・・ 
 絶望しなければ、日本から欧州へ、自分だけが知っている(体の状態は他者には解らない)一番ふさわしくない状態で飛び込んでゆきはしなかっただろう。絶望がなければ、欧州で、ドイツからフランスへ、もういちど零から始めるために、あたらしい飛び込みはしなかっただろう。絶望からの本質行動(絶望していたから、自分の「本質」が選ばせるものに向ってしか動けなかった)を繰りかえしているうちに、「大人になる」などという周囲からお仕着せられて自分もそのつもりだった志向は、完全に、もう完全に消えてしまった。