30日
____

日本はなぜ「人間を追い詰める社会」なのか

日本はどうして、こうも「人間を追い詰める社会」であるのか――具体的に言うと、例だが、日本では「インテリ」もまた追い詰められる。日本の医師は、過密業務に追い詰められるので、患者一人一人と充分対話できない。フランスやドイツでは、総合・大学病院でも開業医でも、顧客にたいするように、挨拶と握手をすることから始める。人間主義が体質的に徹底しているのである。耳鼻咽喉科でも予約制で、応接室での面談から始める。日本の医師の患者にたいする態度は、人間対人間のものではなく、世界で最も礼儀も思い遣りも欠いた非人間的なものだろう。過密業務問題以前に「人間」観念が無い社会だから、医療者と受診者の双方で各々追い詰められた非人間的状態で応対し合わなければならなくなるのだ。大学教師なども日本の組織待遇は世界最低の追い詰め待遇であることは確かだ。社会全体が働く者を追い詰めてやまない体質であり、人間的に自他虐的である。日本は人間が人間として幸福になれない社会なのである。「神の前での人間」という観念を西欧から学んでいないので、真の人間尊厳意識が自他ともに育たず、幸福の精神的意味がわからない。日本は、「無私」など唱えてはいけない社会なのである。インテリといえども「暇」は許しませんよ、という貧しい運営発想しかできない。人間関係を人間の基本とすると嘯く日本社会は最も人間関係が破綻した社会なのである。こういう追い詰められた精神の薄っぺらさが全体を覆っているのが日本である。西欧のような重厚な人間文化はとてもできないから、いつまでも西欧崇拝か拒絶かで、西欧を照応の相手とする気概は生まれようがないのである。「人間意識」ができていないことがすべてである。いちばん責任があるのは日本庶民とエリート双方の自己意識の無基盤性であり、この無基盤性の自覚すら無く〈生きて〉いることそのことである。