「伝統」は歴史的なものであり、そのかぎりで特殊的なものであると誰しも思うであろう。これは正しい。しかし高田氏はここで「人間」の視点から敢えて一歩を踏み出した〈見識〉を示している。そしてこれは単なる理念や観念ではなく、氏の長い美術遍歴経験から、ゆるがぬ根源的認識として示されている。すでに示したテキスト11-12頁を読んでいただけばよいのだが、人間が、いかに状況や歴史が違えども、窮極の美を追求してゆくとその頂点において、時代や空間の差異を超えた或る普遍的なものを顕わすようになり、この普遍性こそが、「真の伝統の意味」であると、氏は、わたしの表現で謂えば、ここでも、〈さかさまの真実〉といいうるものを提示しているのである。

《私たちにとっておどろくべき、またよろこぶべきことは、歴史の中で人間は、その精神や感覚・知恵がある段階に達すると、時間や距離の差いかんを問わず、ふしぎにも同一形式、同一感覚、共通する美しさ、つまり普遍性のある美を生むのである。》
《そこに現われた人間精神の同一性、普遍性・・・ 真の伝統の意味をここに見るのである。》


 そして、氏は、「美術、音楽、哲学や宗教」、およそ人間精神の証たる、美において最も直截にその普遍をしめす、人間の根源的なもの、「人間のもっとも奥深い本質的要素」を、「思想」と呼ぶのである。これは出来上がった体系としてのそれではあるまい。人間精神を根底から秩序づけ規定する「イデア」としての思想であろう。Gedanke 〔産出された思想〕ではなく Idee 〔産出する思想〕である。