(高田)「この社会の大動乱の中で、戦争の破壊よりももっと恐ろしいのは、個人がみな無くなってしまうことなのだ。僕はそれを見てきた。戦争が終ると、更におそろしい力が僕達を強いるだろう。僕はね、この戦争の五年間、絶望の中で自分の魂が何に耐えられ、どこで生きられるかをばかり考えていた……」
「僕はね、いままた小説を書いている。いま君に筋は話さない。けれどもこれは僕の君へのいちばん親密な答えになるだろう……。最後の小説の気で書いているんだ。題は、孤独な人間(ル・ソリテール)……」
 食後、彼と私は二階の書斎に昇った。小さな裸の部屋に書物と紙だけが積もっており、壁にただ、私達共通の友のシニャックやその他の画家の絵が掛っていた。隅の寝台に彼は臥って休んだ。
(高田)「僕達は彷徨する。その中でまちがいもする。けれども、たった一つたしかな、まちがわないことがあると思う。美しいものがあり、それを感じることのすばらしさ。これが僕達を信仰させるのだ。これは僕達にたしかに在る。どんな秤(はかり)にも掛けて重さを見ることを止した時にね……。僕はあなたの詩の中にそれを感じていた
「僕の詩集を出した時にも、だいぶ前に君はそう言ったね」
「そう。他のことを放棄しろとは言わなかったが、あなたの本当はあそこに現れている
それは、僕だけなのだ。僕だけがある日自分に解ることなのだ。絶望をくりかえして行って……。君、僕はいまそれを書いているのだよ。君が考えていたように、僕も考えていた。こいつは大したことだね
 十数年の年齢のちがいが、知らぬあいだに二人に無くなっていた。きわめて自然に私達は「お前、おれ(テュ・トワイエ)」で話していた。



_____

おい、僕の読者なら解るだろう。しっかり読んで泣け、それが人間だ。
〔マルセルの戯曲にも比すべき魂の形而上的対話だ〕

同内容の殆ど重複するマルティネとの記録が『フランスから』「季節」 IV に収められている。中心的なくだり(高田の言)を特別に次に記す:
___

・・・皆が戦争を終ることを願っている。けれどもその後に来るものには誰も自信がない……
「僕は戦争と政治を心ならずも中に入って見てきた。見通しをきかれたら、僕も即座に返答できる。けれども、どちらが勝つか負けるか、それは問題ではなかった。この社会の大動乱の中で、もっと恐ろしいのは『個人』が皆無くなってしまうということなのだ。戦争になってから、僕はね、絶望の中で、自分の魂が何に耐えられ、どこで生きられるか、をばかり考えていた……」
・・・・・・
「僕達は彷徨する、限りもなく。彷徨は僕達だけでは終らない……。そしてその中で僕達は間違いもする……。けれどもね、たった一つ確かな、まちがわないことがあると思う。信仰と言ってしまうのは、僕はまだ嫌だ……いやまだ恐ろしい。自分の力を知らないから……。けれども、そういう一番確かな美しいもののあることを感じるすばらしさ。これは僕達にある。どんな秤(はかり)にも掛けて重さを見ることを止した時にね……。たとえば、僕はあなたに就て、あなたの詩の中に、それを感じていた……」

_____

「高田博厚」が不朽なのは、永遠の人間課題の証言であるからなのだ。いまこの現代においてこそそれを痛感する。

(文中傍線は勿論すべて私古川の責任である。籠めた意味を忖度されたい)