〈法〉自体の探求はやがて飽きる。具体的対象への愛が残る。人間はそうできていると思う。人間の本質は愛であるから。〈法の探求〉はまだ一般的・観念的・抽象的である。自分自身からまだ遊離しており、ゆえにまた他人にたいして押しつけがましい。此の世ではいかなる法も相対的であると思う。たとえ聖人の説く法であっても。此の世が相対的にするのである。それをわきまえた上で法に言及するのならよい。自分の具体的生において〈法の経験〉というものはわたしにもある。しかしその経験はこの具体的生に根ざしているから、法の感得を語ることは自分の生を語ること以上には出ない。そういう人間は健全であると思う。

音楽の生命は結局演奏する者の人間である。バッハそのもの、モーツァルトそのもの、ベートーヴェンそのものといったものではない。楽譜の通りに弾くということは、演奏者側の、自分自身にたいして謙虚であるための方法なのである。極論すれば何を弾くかではなく誰が弾くかである。無論、楽譜は鏡であるから、鏡の種類によって「自分」の映り方に違いは出るであろう。例えばワルターのマーラーは誰をも納得させるがブルックナーでは賛否分かれる、といった様に。しかし演奏者の「人間」が伝わるのであることは否定しようもない。無心に音楽に忠実であろうとするとき、しかし「自分」しか出ない。あらゆる芸術にこれは言うことができる。これが真の「人間主義」である(人間や自分を「主張」することではない)。グールドのバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンは、様々な鏡によってあぶり出された彼の「本質」を現している。彼のブラームスを聴いてもそう感じた。ぼくが述べるこれらすべては演奏者の本質批評を意図していない。むしろその「本質」をこちらが愛せるか愛せないかの問題である。そういう「人間」の問題をいったん感じてしまえば、例えばグールドのバッハそのものに無限の神秘を、カラヤンのチャイコフスキーに清冽な深淵を覚えつつ、前者のモーツァルトや後者のシベリウスに不適合な感覚を覚える場合でも、「聴く」という行為はもっとその「奥」に耳を澄ませているのである。ぼくは「音楽そのもの」の専門家ではないのだから。

疲れから出た症状の後遺症のため窮屈で気分がゆるやかにならない状態がつづいている。その中で何とか書いている。高田先生の世界に沈潜するのにもなかなか本腰が入らない。「調子が良い時も悪い時も拘らずにやれている時が一番調子がいい」、と嘗て言っていた僕だった。しかしそれでは詩が書ける状態ではないだろう。一粒の閃きがあったらあとは行動だ。そのようにして書いている。

「感謝」の当体は何だろうか。人か、神か、天か、全体か。ここから「宗教」を生む心性をわたしも知っている。そしてそういうものとわたしが調和することは嘗て無かった。「感謝」の当体を規定することは要らないことだと思う。〈無規定的全体〉という規定すら要らない。感謝の当体はいかなる意味でも規定されないとするのが健全であると思う。感謝を強要すると心は逆に閉じる。閉じることを強要された心こそ災難である。感謝は無いのではない。人がそれを毀すのである。

仮のことだが、片手に〈原因・結果の法則〉を持ち、〈あなたがどれだけ感謝してきたか、わたしには一目でわかる〉と宣言する、こういう「意識」には承服しない。〈霊のお告げ〉でもわたしの判断は同様である。そういう言葉を承認することは、それまで自分が辿ってきた自分の心の歴史の、自分のみ分かっている経緯と意味にたいする冒瀆である。そういう意識はかならず人の歴史を価値的に否定する。ここで歴史とは、自分を自分で生きてきた者の歴史のことである。そういう歴史を持っている者は、ある意味で感謝より尊いものを学んでいるとわたしは思う。

「等身大」の思想をもつべきである。その意味は、自分の経験実質しか自分の思想を定義しないからである。「等身大」という言葉はしかし自分の可能性の限定を無論意味しない。「対話」というものは自分の可能性そのものである。

精神と思考の自立的な者ほど真実な者である。既成の〈葵の紋章〉を表に出すだけ、非真実は増す。「人間性」のみが真の権威である。

書斎で落ち着いて書きたい。ここは書斎ではない。我が家の事情で書斎にPCを持ち込むことは難しい。

〔今日はじめて、欄附属の「紹介」機能がどういうものかを知った。奇しくもこの欄を始めて今日は四月目の日。今迄機能に関心を向ける機会が無かったのだが、また一つ覚えた。さっそく拙著紹介に活用させて頂きました。〕
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ぼくは、「個人的には、」という但し書きの見解をすこしもかるく見ていない。最も自分が責任を負えるもの、本質的に本音のものを通してしか、人は真理にも普遍にもつながらないことを学んできたから。〔付記7.26〕