身体状態と結びついた情念の力は大変なもので、その前では、因果応報・人にしたことは自分に返ってくる、というような〈知恵観念〉はまったくの抽象事で無力であることを経験した人は多いのではないだろうか。この情念力に対抗するには「人間理念の力」しかないと思う。情念とおなじくらい内密で主観的に湧いてくるもので、身体的でない一種の情念力をもっている。デカルトの高邁心やカントの実践理性の作用につながるものだろう。人間にとって人間ほど大事なものはない。心情的動物愛護者(人間より動物を〈愛する〉というような)は、じつは動物をも自ら言うほどには〈愛して〉いないはずだとぼくは思っている。「人間」に、つまり自分の「人間感情」に忠実であろうとしないどころかそれを忘れている者がどうして動物に真に想いをかけうるだろうか。ぼくのこの判断に推論・論理はふくまれていない。