先生の本質をここに果敢に彫ろう。先生が三十歳で渡仏し貧乏のどん底で粘土と格闘していた頃、既に日本にいた時代に「ロマン・ロランの会」結成への参加を通して文通があったそのスイス在住の師から、親友片山敏彦を通して自分の肖像を作るべく来てほしいとの依頼を受けた。「今迄誰にもそういうことは許さなかったのだが、タカタの作品の写真を観て・・」と。「しかし、僕にはまだそんな力はない・・」「何を、こんな名誉なことがあるか!」 押されて先生はスイスへ。その時、ガンディーが湖畔のロランの許を訪れ対論するという歴史的一大事の最中だった。その本物の精神の高みと囲む群衆の熱気の只中に押し入れられ、圧倒される。ガンディーとの黙坐、議論に昂奮するロラン、その中で、課された「仕事」に黙々と従う無名の一異邦人。しかし師は真の「人間」だった。「私の弾くベートーヴェンを君にだけ聴かそう。」どよめき我先にと押し掛ける婦人運動家連に、「あなたがたは来るんじゃない!!」。パリ郊外の孤独なあばら屋に一人帰る先生に、「君、費用はあるのかい?」「そんな・・」二人は「人間」として抱擁し合った。帰途、こんなにみじめな「自分」を経験したことは無かった。「俺が粘土をこねくりまわして何が出来るっていうんだ。」パリの駅に着いてもすぐにあの家に帰る気にはとてもならない。夜通し飲み明かす。明け方、漸く自分の町にたどり着く。新聞を買う、という口実で馴染みの小店に足は向く。「あなた、どうしたの、そんな姿で・・もっと自分を大事にしなければ・・」想いを寄せていたその娘の部屋で、パンとカフェ・オ・レの朝食を貪り喰らった。「今でも私には、あのロランの許での日々と、あの娘との一朝が、まったく同じ重さをもって生きている。」