高校時代には、主に60年代後半~70年代初頭の英米のロックを聴いていました。
そんな時期に、
「ファニー・カンパニー」が、♪スウィート・ホーム大阪♪でデビュー。
桑名正博の泥臭いヴォーカル&大阪弁の歌詞に、ブルース・フィーリング溢れるギターのロック&ロールの ♪スウィート・ホーム大阪♪ が、カッコよかった!
「ファニー・カンパニー」が、♪スウィート・ホーム大阪♪でデビュー。
桑名正博の泥臭いヴォーカル&大阪弁の歌詞に、ブルース・フィーリング溢れるギターのロック&ロールの ♪スウィート・ホーム大阪♪ が、カッコよかった!
オールマンやレーナードに代表されるサザン・ロックの香りを感じていました。
しかし、当時の私はロックは英米に限るという感覚で、和製ロックは一段下にみており熱中することはありませんでした。
1973年・高2の3学期に授業をサボって、渋谷東急屋上で体験したキャロルの無料ライブ。
未だ ♪ファンキーモンキー・ベイビー♪リリース前で、デビュー曲♪ルイジアンナ♪等を演っていました。
これが私の ♪ライブ初体験♪ でした。
そして、初めて自腹で参戦した有料ライブが高3の時の、
1973年9月2日に日本武道館で開催された【A ROCK(アマチュアロック祭)】
その時にはキャロル、ファニー・カンパニー、センチメンタル・シティ・ロマンス等が出演。
ファニー・カンパニー ♪ライブ初体験♪でした。
リーダーは今亡き、桑名正博、凄いオーラだった。
しかし、「プロとしてやっていくんだ」という意識の強いキャロルに比べて、
ファニー・カンパニーは桑名正博も含めて全員がプロ意識は特になく「思い出をつくって20歳でやめよう」というスタンスだったため『ライバル扱いされてキャロルに悪い気がしていた』というエピソードも。
1972年~1974年に2枚のアルバムを発表して解散。
それでは、
それでは、
ファニー・カンパニーのデビュー曲
♪スウィート・ホーム大阪♪ を2ヴァージョン!
先ずは、♪シングル・ヴァージョン♪
続いて、♪LP・ヴァージョン♪