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*いのちと申す財は一切の財の中に第一の財なり。遍満三千界無有直身命ととかれて三千大千世界にみてて候財もいのちにはかへぬ事に候なり。。。。財あるも財なきも命と申す財にすぎて候財は候はず。

日蓮大聖人の御書(全1,596ページ)

 

*いのちに始まり命に決着するのが人生。この命を生かし守り愛して喜ばせるのが、人が生きる目的。仕事をするのは命を生かし守り愛して喜ばせるため。生活をするのは命を生かし守り愛して喜ばせるため。

 

*西洋文明を開拓したデカルトの二元論は、「我思う故に我あり」。肉体と(思考する)脳、この二つが自分である、と云う。デカルトは1596年にフランスで出生し1650年にスエーデンで逝去した哲学者。

 西洋文明はこの二元論によって進化し退潮した、と言われる。なぜか? そこには「命」という存在が無いからです。

 

*法華経を説き表した釈迦は、紀元前7世紀6世紀5世紀など諸説あるが、インドの北部に生誕。人々の悩みや苦悩を救いたいとの思索を重ねて、法華経を表した。法華経は「命」のことを説いている。命ほど尊いものはないこと、その命を喜ばせる方途を説き表した。

 

*法華経には釈迦在世の千年の法華経。その後千年の像法時代の法華経である天台の魔訶止観。末法万年の日蓮大聖人の「妙法蓮華経」の法華経が存在する。釈迦の法華経のエッセンスが天台の魔訶止観。釈迦・天台の法華経のエッセンスが、日蓮大聖人の「妙法蓮華経」。法華経は「命」のことを説き、万人が「命」を喜べる幸福境涯を得られることを説き表している。

 

*現代社会の行き詰まりは、「命」を認めないことによる行き詰まりである。「命」を軽んずることによる行き詰まりである。生物を「物」としか捉

えないことの行き詰まりであり、「数」としか捉えないことの行き詰まりではないか。

 身体・思考(脳)を含む基盤とも言うべき「命」は、目にも見えず耳にも聞こえず、匂いもしないし、肌にも感じることもない。

 

*だが、「命」ほど尊い存在はない。「命」を生かし守り愛して喜ばせることほど尊い行動はない。無上第一の尊極の存在である。

 

*世界中で誰がこのことを訴え行動しているのでしょうか?

 

*日蓮大聖人であり、日蓮直系門下の創価学会であり池田大作SGI会長であり会員です。

 

*カントは価値論で最高の価値を「真善美」と記している。

「命」にとっての最高の価値は、「喜」であり敷延すれば「喜美善」です。

 

*南無妙法蓮華経と唱えることは、自身の最高最大の喜びとなります。幸福の源泉といえます。

 

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アイマース久美高