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クマの散歩道~大好きなふるさと日光市を紹介するブログです~

大好きなふるさと日光市。その日光市での日常の暮らしを書いています。日光市から各地に出かけたことや食レポが多いかも。


日蓮宗 霊石跡本山 龍口寺

前回は江ノ電中心に記事を書いたのですが、江ノ電に乗りながら、沿線の神社仏閣も参拝しました。今回の記事はそんな神社仏閣を中心に記事を書きたいと思います。まずは今回のルートの参考にするために、江ノ電の路線図を載せておきましょう(江ノ電の公式ホームページより転載)。
 

藤沢駅から江ノ電に乗って最初に下りた駅、江ノ島駅。駅から徒歩3分位の場所にこんな立派なお寺があります。交差点の際にあるのは、仁王門です。
 
ここでは道路併用区間の江ノ電が見たくて行ったのですが、腰越駅方向から来た江ノ電が左にカーブを切って江ノ島駅へと入っていく交差点の脇に、そのお寺はありました。日蓮宗 霊跡本山 寂光山龍口寺(にちれんしゅうれいせきほんざん じゃっこうさんりゅうこうじ)です。
 
このお寺の前で前回の記事で載せた、江ノ島駅に入っていく江ノ電の写真や動画を撮っていたのですが、うちの宗派が日蓮宗であることからきちんとお詣りをしました。
 
龍口寺の縁起によると、この地はかつて龍ノ口刑場跡で、鎌倉時代後期の文永8年(1271年)9月12日に日蓮宗の開祖日蓮聖人が処刑されそうになった場所なのだそうです(日蓮宗では龍ノ口法難と呼ぶ)。このときは江ノ島の方より満月のような光ものが飛んできて、首斬り役人の目がくらみ、畏れおののいた役人は刑の執行を中止し、日蓮聖人は佐渡島に流されたと言われています。その後延元2年(建武4年、1337年)に日蓮聖人の直弟子である、日法上人がこの地を「龍ノ口法難霊蹟」として敷皮堂という堂を建立し、自作の祖師像(日蓮像)と、首の座の敷皮石を置いたのが龍口寺の始まりと伝えられています。日蓮聖人の四大法難(松葉谷・伊豆・小松原・龍ノ口)の中でも、屈指の霊跡とされているそうです。

ところで首の座の敷皮石とは何か調べてみたら、当時は斬首に処される者は、座布団のような役目の皮が敷かれた石の上に座らされたそうで、日蓮聖人が座らされた敷皮石として大本堂に安置されているそうです。
 
仁王門から石段を上がると今度は山門があります。これも小さいけれど立派な造りの門ですよね。
 
そして正面には大本堂が見えてきました。上の交差点のところから仁王門を写した写真にも写っていますが、右手の山の上に五重塔が見えていて、なかなか趣のあるお寺です。
 
鎌倉に江ノ電を見にいく予定を立てた時に、頭の中で江ノ電に乗る以外に何となく行ってみようと思っていた神社や仏閣はあったのですが、ここは全く予定どころかここにこういった寺院があること自体知らずに行きました。
 
大本堂左手の妙見大菩薩を安置している妙見堂です。裏手には御霊窟が見えています。ここは、日蓮聖人が処刑までの間、一時入れられていた土牢だそうで、現在は中に日蓮聖人の銅像が安置されています。
 
大本堂の左手には法衣を纏い、立帽子(たてもうす)を被った日蓮聖人の石像もありました。
 
そしてそ右手には鐘楼堂も。ここには延寿の鐘という梵鐘が下げられています。お寺にある鐘って大体は立ち入り禁止になっていて、撞くことは出来ないと思います。たまに撞ける鐘があっても小さな可愛らしい鐘であったり。でもこちらのお寺の鐘は自由につくことが出来ます。

南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)というお題目を唱えながら撞いてくださいという案内があったので、僕もありがたく撞かせていただきました。結構本格的に、橦木(しゅもく=鐘を撞く突き棒のこと)を何度も往復させて勢いをつけてから一気に撞いたら、辺り一帯にとてもいい音が響き渡りました。
 

余談ですが、前に日蓮宗の総本山 身延山久遠寺で朝勤(ちょうごん=お寺の朝のお勤め)に出たとき、5時に撞かれた鐘の音です。ここまでは本格的に勢いをつけたわけではないのですが、こちらのお上人さまの撞くときの姿が脳裏をかすめて、ちょっとだけ真似をしてみたのですウインク

 

ところでYouTubeのタイトルが「面白珍百景」などと不謹慎かもしれませんけど、このお上人さま、倒れんばかりに身をのけ反らすことに驚いてつけたタイトルです。見ていると、バリバリの運動部出身のお上人さまかなと思う位すごいですよ。5:00になるのを待っているので少し長いのですがぜひ見てみてください。

 

大本堂右手の山の中腹には五重塔があります。石段を登りながら、どこからが一番素敵に写真が撮れるかなと思いながら撮影してみたものですが、2枚とも載せてみます。
 
そして大本堂脇からも。ここから写真奥のほうは関係者以外立入禁止の場所で、そのギリギリ境目のところから撮ったのですが、どうしても電線は入ってしまいました。

この日龍口寺境内では、あちこちでお歳を召した男女が写生をしていました。先生らしき方もいらっしゃったので、絵画教室か何かの写生会だったのでしょうか。ここでも男性が一人この景色を写生なさっていました。ここから五重塔は絵になるなあと絵心のない僕も思いました。
 
今度は大本堂の左手奥の石段を上がっていくと、七面堂と仏舎利塔があるという案内板にしたがって、石段を登ってみました。
 
七面堂では枝垂(しで=しめ縄につける白い紙)をつける作業をされていました。ここから右手に進んでも五重塔に行けるみたいですね。わかっていればこちらから来たのですが・・・。
 
七面堂から左に更に石段を上がると仏舎利塔がありました。龍口寺はこんな立派な仏舎利塔まである素敵なお寺なのです。
 
そしてそこは小高い山の頂上に近いらしく、眺望も絶景です。位置的にちょうど江ノ島駅近辺の街並みと思われます。マンション群の向こうには江ノ島も見えています。
 
ここは石段を下りて、大本堂のところまで戻ってきたところの石段際にある経八稲荷です。

龍口寺の大檀越島村家に安置されていた地元の八体の守護神の一つ。経六は龍口明神社に安置されている(境内案内よりコピペ)。
 
大檀越(だいだんおち、またはだんおつ、だんのつとも)は大檀家と同じような意味、龍口明神社(りゅうこうみょうじんじゃ)とは昭和53年(1978年)に、氏子百余名の要望により、江の島を遠望し、龍の胴にあたる腰越の地へと遷宮した神社で、道一本隔てた隣に経六稲荷が鎮座しています。現在でも龍口寺の西隣にかつての建物が残っていました。
 
これは本堂のすぐ右隣、鐘楼との間に立てられている日蓮聖人像です。
 
龍口寺の参拝を終わって、電車用の信号を撮ったのですが、ちょうど龍口寺の大きな立て看板が写っていました。先の記事で江ノ島駅に入っていく江ノ電を撮ったのは、この写真より左に寄ったところですが、その辺りに上で書いた龍口明神社の遷宮前の建物と石段があって、そこと龍口寺の仁王門との間辺りに、龍ノ口刑場跡の碑があったようです。刑場跡の碑には全く気づかなかったのですが、位置からしてちょうどその前で写真を撮っていたようです。刑場跡の碑の写真は、一番上、仁王門の写真のところで貼った龍口寺のリンクを開いて、境内図のところから見ることが出来ます。

龍口寺は僕も全然知らなくて、今回たまたま行ったのですが、鎌倉を訪れる観光客もこのお寺までは参拝する人も少ないようです。でもほかの有名な神社仏閣もそれはそれでもちろん良かったのですが、僕個人としては日蓮宗がうちの宗派だからということを差し引いても、この龍口寺が一番良かったと感じました。
 
僕は日蓮宗の総本山 身延山久遠寺、大本山 池上本門寺、そしてここ霊跡本山 龍口寺と参拝出来たので良かったと思います。お宅が日蓮宗の方はもちろん、そうでない方もとても素晴らしいお寺ですから、ぜひとも鎌倉観光の際にはご参拝ください。
 
★★★★★★★ 
 
では次に進みましょう。江ノ島駅からまた江ノ電に乗っていったのは、鎌倉高校前駅です。そこは藤沢から江ノ電に乗ってくると、車窓から目の前に初めて海が見える場所なのですが、こちらは前回の記事で詳しく触れているので、ここでは割愛します。
 
鎌倉高校前からもまた江ノ電に乗って次に下りたのが、極楽寺駅です。名前の通り、駅の近くにある極楽寺があります。このお寺は、真言律宗の寺院です。
 
こちらが極楽寺の山門です。茅葺き屋根の小さいながらも趣一杯の山門ですね。参拝のための入口は、門右手が潜り戸になっているので、そちらから入ります。逆に出口は左手に同じように潜り戸になっています。要するに入るときと出るときで、左右一方通行になっています。
 
山門の横には鎌倉市が立てた案内板がありました。
 
参道はは細く真っ直ぐな一本道です。
 
本堂を写すアングルが難しかったのですが、左斜めからのこの方向が一番きちんと撮れたかと思います。木が入らないようには写せなかったのですが、むしろ木の枝が入ったほうが今見てみると良かったかもしれませんね。
 
参道の脇には曼珠沙華(彼岸花)が咲いていました、若干遅めに感じますが、なかなかきれいでした。日本ではあまり良いイメージのないこの花も海外では縁起の良い花として扱われているようです。僕は好きだなあ。日光市でも田んぼの畔などに群生している場所がありますが、本当にきれいだなあって思いますもの。 

こちらは極楽寺の門の前にある導地蔵堂(みちびきじぞうどう)です。管理は極楽寺であるとか。

導地蔵堂についてはこちらのサイトが分かりやすいと思います→いろんな鎌倉 極楽寺の導地蔵
 
そして極楽寺から海のほうへ道沿いに歩くと程なく鎌倉 成就院があります。ここは真言宗大覚寺派の寺院です。
 
道から案内板に従って石段を上がっていくと、西門があります。
 
同じように反対側に東門があって、その先にはきれいに海が見えました。由比ヶ浜の海岸線です。ちょうどこのあとに行っているので写真が載っています。
 
ちょっと逆光になってしまいましたが、こちらが山門です。
 
こちらが本堂です。
 
成就院の正式名称は、普明山 法立寺 成就院といい、鎌倉幕府の三代執権北条泰時が1219年に成就院を建立。 1333年新田義貞の鎌倉攻めで焼失し西ヶ谷に移ったが、1688年元禄元年江戸時代に中興の祖 祐尊により元の地に再建され、現在に至るそうです(成就院縁起より抜粋加筆)。 
 
本堂の右手には聖徳太子千三百年御忌(ぎょき=貴人・祖師の年忌の法会(ほうえ)の尊敬語)成就院は小高い山の中腹に建つ小じんまりとしたお寺でした。
 
★★★★★★★
 
では次に行ってみましょう。
 
極楽寺駅からまた江ノ電に乗り、長谷駅まで出ました。江ノ電は藤沢駅が起点になっていますから、江ノ電と沿線の観光をしながら、終点鎌倉駅に向かっているわけです。長谷駅は鎌倉駅とともに鎌倉観光の中心になる駅で、この駅からは、長谷寺や鎌倉大仏殿大徳院、そして由比ヶ浜海岸の下車駅です。
長谷駅で江ノ電を下りたら、駅前の通りを左に行くと海岸線、右に行けば長谷寺や鎌倉大仏殿があります。駅に着いたときにはちょうどお昼どきでしたが、お昼ごはんを食べる前に海岸まで行ってみることにしました。由比ヶ浜へは一つ鎌倉寄りの駅、由比ヶ浜駅もありますが、海岸線までは長谷駅のほうが少し近くてわかりやすいです。
 
海って下手な説明はいらないと思います。この辺はちょうど由比ヶ浜の西端辺りです。この日は朝方日光市を出発する頃はカーディガンを羽織って家を出ましたが、昼間は気温が上がり蒸し暑い日となりました。海岸ではそぞろ歩きを楽しむ人、修学旅行や校外学習の小中学生、サーフィンをする人で、ウィークデーにもかかわらず結構賑わっていました。
 
この辺は由比ヶ浜海岸の西端の辺りなので、向こうには稲村ケ崎が見えています。海岸に係留されていた漁船の舳先を入れて海岸線を撮ってみました。
 
本当は海岸でもっとゆっくりしたかったのですが、お腹も空いたし、先の行程もあるので20分位で、後ろ髪を引かれる思いで由比ヶ浜をあとにしました。順番的にはこのあとにしらすの売っていた売店を見て、長谷食堂でしらす丼を食べたわけですが、そちらは2本前の記事をご覧ください。
 
 
では、お昼ごはんを食べたあとの行動です。お昼ごはんを食べ終わった頃には14:00近くなっていましたので、長谷寺までの歩道上にはたくさんの人がのんびり歩いていたのですが、ちょっと早足で先を急ぎました。
 
上でも書いた通り、長谷駅を出て左(南方向)に行けば由比ヶ浜、右(北方向)に行けばまず長谷寺があります。どちらも歩いて10分位の距離です。ただ圧倒的に長谷寺方面への歩道のほうが人がたくさん歩いていますし、売店やお土産屋さん、飲食店などのお店も多いです。
 
 
 
道路からちょっと路地を左に入ると、鎌倉 長谷寺の山門があります。ここでも少し逆光ですが、こちらは中国の方ばかりでなく、外国の方でも西洋の方、そして日本人もたくさんいました。
長谷寺では窓口でも拝観券を買うことが出来ますが、隣に自販機もあります。しかもSuicaが使えます。しかもモバイルSuicaも使えます。これって便利だわあ。ただしオートチャージ機能は使えませんのでその点はご承知おきください。僕も藤沢駅を出た時点での残額が278円だったのに、ここで300円の拝観料を払うためにリーダーにタッチしたら、残高不足でエラーになりました。まあそれなら現金で払ってもよかったのですが、ここはモバイルSuicaの最大限の長所を活かして、スマホの操作によって登録クレジットカードからチャージを行ないました。本当にモバイルSuicaって便利ですね。
 
ちなみにSuica以外の交通系マネー(IC乗車券)が使えるのかは未確認ですが、たぶんタッチパネルが「IC」でなく「Suica」となっているので、PASUMOなどは使えないのかもしれませんね。あと、長谷寺の拝観料300円って良心的ですよね。同じ古都京都では拝観料500円とか600円、800円とか取るところもあって、結構痛いものですが。
 
入口を入るとまずは、観音像がお出迎えしてくれました。合掌。
 
さて石段を登って上境内へ向かいましょう。鎌倉は海岸線まで山が迫っている土地柄、龍口寺といい、成就院といい、ここ長谷寺といい、山の中腹に建てられたお寺が多いんですね。長谷寺は観音山の裾野に下境内が、観音山の中腹に上境内があります。入山口でもある下境内は、妙智池と放生池の2つの池が配され、その周囲を散策できる回遊式庭園となっています。
 
途中には地蔵堂がありました。
 
そしてすぐ右にたくさんの小さなお地蔵様が水辺に鎮座していました。
 
そして水かけ地蔵も。
 
上境内に着いて、こちらは観音堂です。ご本尊である十一面観音菩薩像(長谷観音)が安置されています。
 
観音堂の横にも観音様と風神、雷神の像が建立されています。
 
扁額には「轉輪藏」と書かれていますが、これは当用漢字にすると「伝輪蔵」でしょうね。でも長谷寺の公式ホームページの境内案内図では経蔵と案内されています。経蔵とは仏教寺院における建造物〈伽藍〉の一つで、経典や仏教に関する書物を収蔵する蔵をいいますから、きっと伝輪蔵とう名前の経蔵という捉え方でよいのでしょうね。
 
経蔵の向かい側はお食事処になっていて、その奥から経蔵にかけてが竹藪が広がり何か素敵な感じに見えました。外国からお越しの方も同じように思うらしく、たくさんの外国人の方がいて、写真を撮るなどしていました。奥の石段は眺望散策路の出口です。
 
こちらが経蔵を左手横方向から見たところです。このように青竹が清々しさを醸し出しています。

これは経蔵横から上がって、上の山肌を散策して、2つ上の写真の石段のところに出てくる眺望散策路の途中にあったお地蔵様群です。眺望散策路自体はアジサイがたくさん植えられているので、時季にはきれいなことでしょうが、この時季ではそれもなく寂しかったです。またここからも、上境内の左手最奥の見晴台からも鎌倉の街並みが見える部分がありました。ただ写真には納めませんでした。
 
こちらは本堂から見て右手奥にある鐘楼です。ここではほかのお寺と同じように鐘を撞くことは出来ません。
 
そして洞窟観音もありました。ここは途中から天井がかなり低くなり、屈んででなければ進めないので洞内の歩行には十分注意が必要です。

★★★★★★★
 
 
長谷寺から一度道路まで戻って、更に徒歩で10分ほど歩くと、鎌倉大仏殿大徳院があります。ここは言わずと知れた〝鎌倉の大仏〟があるお寺です。僕も小学校の修学旅行でここに来ました。あとは大人になってから仕事とプライベートでそれぞれ一度ずつかなあ。
 
ここは大仏殿大徳院の仁王門です。修学旅行か校外学習なのか、小学生もたくさんいました。
 
そして、大仏の前に着いたときはどこかの女子校の生徒さんたちが集合写真を撮っていました。写真屋さんの撮影が終わって、先生がプライベートに撮影しているところでしょううか。何か自分の学生時代を思い出して、懐かしくて僕も一緒に思わずシャッター押しちゃったけど、考えてみたらこれもある意味盗撮かなあせるあせる 決して他意はありませんよ~って公言する意味も込めて、めっちゃモザイクをかけて載せてみましたウインク
 
そしてお馴染みの大仏さまを2ショット、先ほど集合写真を撮っていた学校の生徒さんと、外国人の方も写っています。鎌倉では1、2を争う有名観光スポッとであるだけに、たくさんの観光客でごったがえしていました。

★★★★★★★
 
鎌倉大仏殿にお詣りをしたあとは、長谷駅まで戻る道すがらおいしい肉まんや紫いものソフトクリームを食べて、駅からまた江ノ電で終点鎌倉駅まで出ました。江ノ電は鎌倉西口に着くんですね。構内にも東口への連絡通路があるようですけど、一度西口の江ノ電口から外へ出て、JR鎌倉駅のすぐ北側の線路下を通る地下道で東口に出ました。
 
駅近辺と駅から北部に向って、徒歩15分位の鶴岡八幡宮近辺の地図を載せてみました。行くときは小町通りの商店街を通っていきました。もっとゆっくりしたかったけど、結構疲れてしまって先を急ぐため自然に早足になっていました。
 
小町通りを抜けて少し右に行くと程なく鶴岡八幡宮の大鳥居が交差点の際に見えました。ここも鎌倉大仏とともに有名な観光スポットですから、たくさんのお客様がいました。
 
こちらも広い参道には、日本人はもちろん西洋の外国人のかたも多数お詣りにきていました。
 
大きな石段を上がると本殿があります。朝から散々歩いて疲れた身にはこればかりの石段でも堪えたのですが、ご利益を授かるためしっかりお詣りいたしました。
 
(取材日 2018.9.19)
 
 
チューリップチューリップチューリップ
 
さて、今回はクマの散歩道では、クマの散歩道 Vol. 108 クマ、都会に行く~おいしいもの編~、 クマの散歩道 Vol. 109 クマ、いざ!鎌倉へ~江ノ電編~と、このVol. 110 と3回に渡って、鎌倉と帰りがけに渋谷に寄ったときのことを記事にしてみました。日光市も自然一杯で歴史ある神社仏閣がある地ですが、鎌倉もまた、とても素敵な場所でした。
 
最初の記事で書いた通り、JRや私鉄、地下鉄の相互乗り入れ(今や3社線乗り入れは当たり前の時代)、貨物線などをフルに活用したJR線の運転系統の多様化によって、関東地方の北端にある日光市からでも、都心はおろか鎌倉にも日帰りが可能です。今回は早起きして鎌倉をゆっくり(最後のほうは疲れたのもあって少し急ぎ足ではありましたが)散策出来ました。鎌倉駅で湘南新宿ライン直通の電車に乗車したのが16;30過ぎでした。各寺院とも17:00から17:30の閉門時間(冬場は16:30のところが多いです。また龍口寺は16:00のようです)であることから、この位の時間が適当なのかもしれませんが、僕みたいに用事があって渋谷を回らなければ、もう少しゆっくり鎌倉にもいられました。家に帰ったのもちょっと遅めでしたけどね。
 
日光市に住まいながらもこんな都心、更にはそれを飛び越えて遊びにいくことも出来ます。日光市はハッキリいってドがつく位の田舎ですけど、思いのほか都心も近いのです。こんな〝田舎生活、時々都会〟な生活も素敵だと思いませんか。日光市では移住を促進しています。あなたも日光市で暮らしてみませんか?

移住についてはこちらを参考にしてみてください。
日光で暮らす。日光から始まる、新しい自分(日光市が管理する移住促進のためのサイトへリンクします)。
 
3回に渡って長い文章を最後までお読みいただきありがとうございました。またいつもクマの散歩道へのご来訪ありがとうございます。