皆様こんにちは。
日光市は蕎麦の栽培も盛んで、市内においしい蕎麦を食べさせるお店が多いことをご存じの方も多いと思います。
今回はそんなお店の中の一つ小代行川庵(こしろなめがわあん ※栃ナビ!にリンク)に行ってみました。午前中は鹿沼市に用事があって、その帰り道に随分久し振りに寄ってみました。
場所は文挟(ふばさみ)で例幣使街道(国道121号、国道352号重複区間)から県道70号宇都宮今市線に入ってちょっと走ると、東武線のガードを潜ります。そうするとすぐ左側に大きな看板が見えます。
鹿沼市内からだと例幣使街道を北上し、日光線の文挟駅前を過ぎたら2つ並ぶ信号の先の信号、Y字路を左折です。宇都宮市内からなら大谷街道(県道70号)を西進して大谷地区も越え、どんどん進むとやがて日光市に入り、文挟駅近くの踏切で日光線を渡り、例幣使街道にぶつかります。これが2つ連続する信号の手前の信号ということになるので、クランク状に初めの信号を右折、あとはすぐに2つ目の信号を左折します。
肝心の日光市内(今市)からは一般的な地図でいうと、国道121号線板橋バイパス(日光街道森友交差点で交差する道路、日光宇都宮道路土沢インターの通り)を南進し、例幣使街道杉並木に入ります。杉並木が一度切れる地区が文挟宿(地区)です。街中を走ると左側にJAかみつがの農産物直売所、金融機関があります。そこが上で書いている、文挟の交差点の北側2個目の信号ですから、Y字路をV字に右折します。まあ県道70号線を来るという手もあるのですが、この道は途中隘路も多くかえって時間がかかります。僕は道を知っているから、東武線の下小代(しもごしろ)駅の踏切を渡ってくるのですが、わかりやすいのはやはり文挟経由のルートです。
文挟から県道70号線を進んで来ると東武線の下をガードで潜ります。その先にこれだけ大きな看板が出ているので、県道70号線に入ることさえ間違わなければ、あとはわかりやすいです。
ちなみに写真の右端真ん中に工場らしき建物が見えますよね。この右側は高台(というよりこちら側が低い)になっていて、工場の先を右に入った所が下小代駅です。例幣使街道からこちら経由で来るのが僕が通るルートです。お店にナビを使って行ったことがないのでどう案内するかわかりませんが、このルートを案内するのかな。日光市内(今市)から来る時、または帰る時は僕はこの下小代駅の横(日光市立落合中学校の前も通る)経由で行き来します。慣れればこのルートが良いかもしれません。上でも書いたようにこのまま県道70号線を通って今市まで抜けるのは余りお勧めしません。
お店入口の前から文挟方面を見たところ。この東武線のガードを潜ってから左折です。お店への入口は写真の手前側です。

県道から100m位入って来ると駐車場があります。実際にはここは公園になっていますから、公園の駐車場というわけですが、その公園自体が旧加藤邸(後述)を中心に作られたものなので、お店の駐車場と考えて問題ありません。

周りは公園らしく木立などもあり、ちょっとした散策が出来ます。公園の管理は日光市が行っています。


駐車場に車を入れたら、この門は通ることなく、脇からお店に行けますけど、元々が加藤邸という民家だったので、こんな門構えもあって、幟も立てられています。

旧加藤邸庭園に入る門。新緑や紅葉の時季は庭園も特にきれいです。小代行川庵のお店のパンフレットには(最後に載せてあります)、庭の木々が紅葉した時の様子が写真で掲載されています。

門の横に立てられた加藤邸の説明板。まだ旧市名今市市のままですね。
〜以下、引用〜
小代公園(旧加藤邸)
ここは、かつてわが国財界のリーダーとして活躍され、当市の名誉市民第一号となられた加藤武男氏の邸宅だったところです。この邸宅は氏のご厚意により公共財産として寄贈されました。
平成十一年度に農村の地域づくりを目的に「ふるさとルネッサンス推進事業」並びに「自然公園等施設整備事業」により 地域活性化の拠点として公園化され、整備が進められました。
この公園は県・市に加え地域の方々が計画策定の段階から参画されました。また、地域有志による公園内建物の一部改修も行われ、特産のそばがご賞味いただける「そば処行川庵」が誕生しました。
四季折々に姿を変える豊かな自然を背景に、憩いとふれあいの場として広く親しまれています。
ここは、かつてわが国財界のリーダーとして活躍され、当市の名誉市民第一号となられた加藤武男氏の邸宅だったところです。この邸宅は氏のご厚意により公共財産として寄贈されました。
平成十一年度に農村の地域づくりを目的に「ふるさとルネッサンス推進事業」並びに「自然公園等施設整備事業」により 地域活性化の拠点として公園化され、整備が進められました。
この公園は県・市に加え地域の方々が計画策定の段階から参画されました。また、地域有志による公園内建物の一部改修も行われ、特産のそばがご賞味いただける「そば処行川庵」が誕生しました。
四季折々に姿を変える豊かな自然を背景に、憩いとふれあいの場として広く親しまれています。
今市市
〜引用終わり〜
これも前に書いた通り、写真から看板の文字をGoogleレンズを使って、テキストのコピーペーストをしています。こうした看板ですら、写真に撮ってもきちんと文字が見える限りは丸々移すことが出来るのですから、Googleレンズって本当に便利ですね。

庭から見た加藤邸(お店)の佇まい。

池もあって鯉が泳いでいました。

このように今でも緑がきれいですが、5月の新緑の時季、10月下旬~11月上旬の紅葉の時季には木々の緑、紅葉が映えます。
ですから小代公園というように、お蕎麦のお食事だけでなく、散策も楽しめるというわけです。

ともかくお店に入ってみましょう。

白木調のサッシはさすがにお店を開くに当たって変えたのでしょうね。ただ上の嵌め殺し窓の欄間部分は昔からのものかな。

手前に手に持っていたお店のパンフレットが写り込んでしまいましたが、玄関は昔ながらの造りです。下足入れはあとから設置したのでしょうけどね。左側には小部屋があって、そこがレジになっています。

続きの大広間です。右には畳とその先が板張りになった広い縁側部分もあり、そこにもテーブルが数卓おいてあります。

庭に面する引戸は昔ながらのものなのでしょうね。庭の眺めが抜群です。

ちょうど床の間前のお客様が帰られ、次のお客様がいらっしゃる前に撮影してみました。元々が民家ですから、こんなふうに床の間もあって掛け軸や額も飾られています。

実際はもう少し奥が見えていたのですが、縁側の向こう奥、写真の右奥にも部屋があって、そちらにもテーブルがあるみたいです。
こう見ると元々が民家で、その各部屋が食事場所になっていますから、一般的なお店よりは席数も多いのですが、土日や祭日、その他夏休みなどの観光シーズンには観光でいらしたお客様もたくさん来るので、混み合います。平日が休みの僕も祭日に来たら、入口でウェイティングリストに名前を記入して少し待ったことがあります。
この日は完全なウィークデイ(金曜日)だったので、どちらかというと地元のお客様が多かったように思います。それで割と混んではいました。まあ市内でも有名な蕎麦屋さんですからね。

このポスターは僕が座った席の横に掲示されていたものです。僕も全く知りませんでしたが、日光市内では四季を通じて蕎麦が獲れるみたいですね。写真がピンボケなので少し調べてみました。
そのことが、日光公式観光WEB 日光旅なび 日光手打ちそばの会のページに書かれていました。

店内ではWi-Fiも使えます。

さてメニュー表を見てみましょう。
メニュー内容としては一般的なお蕎麦屋さんとそんなに変わらない内容です。

あたたかいちたけそばもあるようです。ちたけというのは漢字では乳茸と書く茸で、栃木県ではよく食べられる茸です。
その辺のことも日光市公式観光WEB 日光旅ナビのちたけうどん・そばに関するページに書かれていました。

天ぷら盛り合わせです。

くるっと回して裏側から。

お蕎麦が到着するほんの少し前、グッドタイミングで天ぷらが来ました。混んでいるときはここまでタイミングは合わせられないかもしれないので、そこはご理解ください。

天ぷら盛り合わせは日によって多少の変更があるようで、広間の柱の1本にホワイトボードで案内がされていました。注文の際に聞いてもスタッフが教えてくれます。

どど~ん

どど~ん
何と僕は3号盛りにしました。
生そば1合は約80gなので3合だと240g。一方、そば1人前はお店によって変わるけど、100g〜130gなので、2.5人前ですよ。
まあ大食いだこと
でもたっぷりお蕎麦を食べたかったので、好きな合数盛りでも頼めるこちらのお店にしたこともあります。

お蕎麦は細めの少し黒めのお蕎麦です。地元産の蕎麦をお店で挽いて使い、挽きたて、打ちたて、茹でたてをモットーにお蕎麦を提供しています。このお蕎麦結構腰があります。
こちらのお店は、小代行川庵そば組合員の手で運営が行われています。日光市では小百(こびゃく)というもう少し北部にある地区でも同様に地元の方による運営店があります。

つけ汁はやや甘めかな。

通ではないのに、通の振りを気取って、お蕎麦は初めに何もつけずにその味と香りを味わい、そのあとは基本的にはわさびもネギも入れないで、つけ汁に浸して食べます。
本当か嘘かは知りませんが、江戸っ子はつけ汁はほんのちょっとしか浸けない(付けない?)といわれますが、僕はここはしっかり浸けます。
あとは気分次第で、途中からわさびとネギを入れて、味変して食べます。つけ汁には余り浸たすと蕎麦の香りが台無しだとか、ああだこうだ蕎麦の食べ方談義(聞いた話では蕎麦屋の店主の中にも)を滔々と述べる人もいるようですが、基本、そんなの関係ね~、本人がおいしく食べられればそれが一番です。まあお蕎麦に限らず、食事の食べ方、テーブルマナーも他人に迷惑が掛からないのなら、余り畏まる必要はないよ~というのが僕の考え方です。

蕎麦湯はつけ汁を割るだけでなく、蕎麦湯そのものも飲みます。こちらのお店の蕎麦湯はさらりとしたやや薄めの蕎麦湯でした。

表面真ん中には営業日、時間、所在地が書かれています。

表面左には、挽きたて、打ちたて、茹でたてというモットーが書かれています。

裏面左葉。
デバイスによっては写真が小さくて読みにくいかもしれないので、これもGoogleレンズを使ってコピーペースト。
~以下引用~
手打そば処小代行川庵は、旧加藤邸を栃木県が推進する「ふるさとルネッサンス」(村おこし) 事業の一環として、公園内の邸宅を一部改造し、始めたそば店でございます。 そばの原料は地元で生産したそば粒を、小代行川庵製粉所にて加工しております。
手打そばの味にこだわり、研究を重ねまして風味豊かなコシのあるおいしいそばに仕上げました。もちろん「挽きたて・打ちたて・ 茹でたて」のおそばでございます。 どうぞご賞味ください。
~引用終わり~

紅葉した時に店内から庭を見た写真と、旧加藤邸の説明も掲載されています。

旧加藤邸の説明部分。
~以下、引用~
旧加藤邸
かつて我が国財界のリーダーとして活躍された加藤武男翁の邸宅だったところです。
戦後の昭和26年には吉田内閣の経済最高顧問に就任、経団連顧問などの要職にあって、財界をリードしてきました。 昭和30年に、生家を二宮神社百年祭記念館(現・報徳振興会館)として日光市に寄付し、跡地に別荘を建てられました。
それが現在の「そば処、行川庵」です。
戦後の昭和26年には吉田内閣の経済最高顧問に就任、経団連顧問などの要職にあって、財界をリードしてきました。 昭和30年に、生家を二宮神社百年祭記念館(現・報徳振興会館)として日光市に寄付し、跡地に別荘を建てられました。
それが現在の「そば処、行川庵」です。
~引用終わり~

料金もしっかり
小代行川庵、なかなかおいしいお蕎麦が食べられるお店です。皆様もぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
日光手打ちそばの会 小代行川庵のページもご参考に。
(取材日:2025.6.27)






