※お断り この記事はFacebookに2017年9月7日にアップしたものをリ・アップしたものです。そのため記事の内容は当時の物であることをご了承ください。
今日は、日光へと続く〝2つの路(みち)〟を紹介します。
それは、福島県の南会津地方、南会津町にある会津田島駅と、下郷町にある電源開発(J-POWER)の下郷発電所についての紹介です。
会津田島駅からは、会津鉄道と野岩(やがん)鉄道、そして東武鉄道と鉄路が日光市と結ばれています。一方、下郷発電所で発電された電気は、日光市小林にある新今市開閉所まで、山中に設けられた送電線(電線路)で結ばれています。
そんな〝2つの路〟です。
それではまずは〝鉄の路〟から。会津鉄道の会津田島駅の紹介からです。
この駅は、1934年(昭和9年)12月27日、日本国有鉄道(国鉄)会津線の駅として開業しました。その後1987年(昭和62年)4月1日 、国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継。7月16日 、第三セクター方式の鉄道会社、会津鉄道に事業転換して現在に至ります。
会津鉄道は、北側は只見線の西若松駅を起点に、南側は野岩(やがん)鉄道会津鬼怒川線との境界駅である会津高原尾瀬口駅までの57.4kmの鉄道路線です。途中の会津田島駅(西若松起点42.0kmの駅)を境にして、南側は電化路線、北側は非電化路線となっています。
実際の運行形態としては会津若松駅を起点にして、朝夕を除いたほとんどの列車がAIZUマウントエクスプレスとして、東武鉄道の鬼怒川温泉駅まで(1往復のみは更に東武日光駅まで)運行されています。
そして、かつては東武鉄道の浅草駅から電化区間である会津田島駅までは、快速電車、区間快速電車、急行電車(季節運行)が直通運行していました(ただし東武鉄道鬼怒川線の起点下今市駅からは会津田島駅まで各駅に停車)。2017年(平成29年)4月21日 のダイヤ改正からは、特急リバティ会津のみが会津田島駅まで直通する唯一の列車となりました。今でも快速及び区間快速電車の名残で、特急リバティは下今市駅から各駅に停車して、この区間のみ利用する場合は運賃のみで乗車できます。
今までは会津田島駅から浅草方面に出る場合、上記の快速電車等を利用する以外に優等列車を利用したい場合には、会津鉄道のAIZUマウントエクスプレス(この列車も特急料金不要)で鬼怒川温泉まで出て、そこで東武鉄道の特急スペーシアに乗り換えていたのが、乗り換えなしの行けるということで、地元の期待は日光市より強いのかもしれませんね。会津田島駅ではそんな宣伝が見受けられました。
では、撮影した写真に沿って見てみましょう。
会津田島駅全景です。建物はかなり大きなもので、駅としての機能だけでなく旅行センターと観光
建物右手のほうが駅機能を有しています。そこには駅名が大きく書かれています。
駅前に立てられた特急リバティの看板です。
同じく、特急リバティの運行開始を告知するタペストリー
駅としてのスペースは、建物の大きさと比較すると小さめのスペースです。
この日は時刻表を調べて行ったわけではないのですが、偶然にも特
駅構内の風景です。
駅舎の隣に展示されている蒸気機関車。東武鉄道の「大樹」と
左斜め前のアングルから。こうして見るとなかなかカッコいいでしょ![]()
後ろ斜めより。階段がついているということは、イベント
横腹の形式銘板。形式C11の254号機という意味ですね。基本的に254という部分は、製造順に付番していました。ちなみに東武鉄道鬼怒川線を運行している「大樹」はC11 207です。
展示されている蒸気機関車の説明板。この機の製造年月日など詳細が書かれたサイトを見つけました。このサイトを見ると、デフレクター(除煙板)は〝門デフ〟という、九州・門司機関区に所属すた機関車に多く見られた形のようですね。マニアックすぎる話ですが(笑)。上の左斜め前から写した写真を見ると、その独特の形がよくわかります。東武鉄道の「大樹」C11 207の車歴はウィキペディアのC11に関する記事に書かれています(詳しく書かれているのは動態保存機のみなので、静態保存機であるC11 254については保存場所しか書かれていません)。
蒸気機関車の更に横にある神社。神社名がわかりませんでした。
田島祇園祭の七行器行列を描いた石造りの壁画。
同じく会津歴史民俗資料館(旧南会津郡役所)を描いた壁
今回は、日光に続く鉄路、会津田島駅を取材してみました。
(訪問日 2017年9月5日)
→Vol. 39-2へ続く














